「ご苦労様でした」と「お疲れさまでした」
「ご苦労様でした」は目上の人には使ってはいけない。
「お疲れ様でした」なら目上の人にも使える。
ビジネスマナーでは、よくこのように説明されます。でも、ちょっと不思議ではないでしょうか。どちらも相手をねぎらう言葉なのに、なぜ「ご苦労様」は失礼で、「お疲れ様」は失礼ではないのでしょう。
「ご苦労様」は、相手の「仕事の大変さ・苦労」に目を向けた言葉。
「お疲れ様」は、仕事をしたあとの「相手の疲れ」に目を向けた言葉です。
そのため「ご苦労様」は、場合によっては「あなたの仕事は大変だった」と話し手が評価しているように聞こえることがあります。
一方、「お疲れ様」は相手の仕事内容を評価しなくても使えるため、上下関係を問わず使いやすいのです。
● 長い間のお勤め、本当にご苦労様でした。
→ 相手が果たしてきた「労苦」をねぎらっている。
● 今日も一日、お疲れ様でした。
→ 仕事による「疲れ」をねぎらっている。

「ご苦労様」と「お疲れ様」の違いを一言で
| 表現 | 何に注目している? | イメージ |
| ご苦労様 | 仕事・任務の大変さ | 「大変な仕事でしたね」 |
| お疲れ様 | 仕事をした人の心身の状態 | 「疲れたでしょう」 |
国立国語研究所の「ことば研究館」でも、この二つの違いについて、「ご苦労様」は仕事の内容、「お疲れ様」は相手の心身の状態に焦点を当てると説明しています。実はこの違いを考えると、なぜ「ご苦労様」が目上の人に使いにくいのかも見えてきます。
なぜ「ご苦労様」は目上に失礼だと言われるのか
たとえば、部長が大きな商談を終えて帰ってきたとします。
部下がこう言いました。
現在の職場では、少し違和感を持つ人がいるでしょう。なぜでしょうか。「ご苦労様」という言葉には、
「大変な仕事でしたね」
という話し手側からの評価が含まれやすいからです。しかし、その仕事が本当に「苦労」だったかどうかは、部下には分かりません。部長にとっては経験豊富な仕事で、苦もなく終えたのかもしれません。
それなのに部下の側から、
「大変でしたね」「よく頑張りましたね」
というニュアンスで仕事を評価すると、場合によっては上から目線のように感じられます。
「ご苦労様」が目上に使いにくいのは、単に「目上禁止の言葉だから」と考えるより、相手の仕事の「苦労」をこちら側から評価する表現だから使うのが難しいと考えると分かりやすくなります。
では、なぜ「お疲れ様」は使いやすいのか
同じ場面で、
と言えば、ほとんど違和感はありません。「疲れ」は、仕事の難易度とは少し違います。会議をする。出張する。長時間働く。人前で話す。こうした活動をすれば、社長であっても新入社員であっても、ある程度の体力や気力を使います。
つまり「お疲れ様」は、
「あなたの仕事は大変だった」と仕事内容を評価する必要がありません。
単に、「今日は体力や気力を使いましたね」
と相手の状態を気遣えばよいのです。だから「お疲れ様」は、上下関係を越えて非常に使いやすい表現になったと考えられます。
「ご苦労様=目下専用」と単純に考えると説明できない例もある
ここで面白い例があります。
たとえば、長年にわたって重要な公務を務めた人が、その仕事を終えるときです。
これは必ずしも失礼には感じられません。また、大きな任務を終えた政治家や公務に携わった人に対して「ご苦労様でした」と言う例もあります。
なぜでしょうか。
この場合、その人が長期間にわたって大きな責任を担ってきたこと、そこに相当な苦労があったことが、話し手にも十分想像できるからでしょう。
「ご苦労様」が使えるかどうかを決めるのは、必ずしも「上か下か」だけではありません。
話し手が相手の「労苦」をねぎらうことが自然な場面かどうかも重要なのです。
実際、国立国語研究所も「ご苦労様=目下にだけ使う」という単純な説明では、実際の用法すべてを説明できないと指摘しています。
「ご苦労様=目下」「お疲れ様=目上」というルールは間違い?
では、ビジネスマナーでよく教えられる、
目下には「ご苦労様」
目上には「お疲れ様」
というルールは間違いなのでしょうか。そうとも言い切れません。現在の職場では、この使い分けが広く定着しています。文化庁の「敬語の指針」でも、「御苦労様」は基本的に自分側のために仕事をしてくれた人をねぎらう表現であり、目上の人には用いない方がよいとしています。したがって、実際のビジネスの場では、目上の人に「ご苦労様でした」と言うのを避けるのが無難です。
ただし、これは「ご苦労様」という日本語そのものが目下専用の言葉だ、と単純に考えるより、職場で失敗しないための実用的なルールと考えたほうが実態に近いでしょう。
「お疲れ様」は本当に万能なのか
タイトルでは「『お疲れ様』が万能な本当の理由」としましたが、もちろん本当にどんな場面でも使えるわけではありません。
たとえば、自分のためにわざわざ先生が何かをしてくれたとします。
先生「推薦状を書いておきましたよ。」
学生「先生、お疲れ様でした。」
これは少し変です。この場合は、
「先生、ありがとうございました。」
のほうが自然でしょう。
相手が自分のために何かしてくれたのであれば、疲労をねぎらうより、まず感謝を伝えるべきだからです。
ただ、相手の仕事の価値や難しさをこちらから評価せずに使えるので、「ご苦労様」より圧倒的に使用範囲が広いのです。
二つの違いを場面で比べてみよう
| 場面 | ご苦労様 | お疲れ様 |
| 上司が一日の仕事を終えた | △ 避けるのが無難 | ◎ 自然 |
| 同僚同士で仕事を終えた | △ やや不自然 | ◎ 自然 |
| 配達員が荷物を届けてくれた | ○ 場面によって使える | △ あまり言わない |
| 長年の任務を終えて引退する人 | ○ 成立する場合がある | ○ 使える |
| 先生が自分のために仕事をしてくれた | × | △ |
まとめ|問題は「上下」だけではない
「ご苦労様」と「お疲れ様」の違いを、単純に、
「ご苦労様=目下」
「お疲れ様=目上」
と覚えるのは、実用上は便利です。しかし、それだけでは二つの言葉の違いを十分に説明できません。
| ご苦労様 | お疲れ様 |
| 相手の「仕事・労苦」をねぎらう | 相手の「疲れ・心身の状態」をねぎらう |
| 仕事の大変さを評価する感じが出やすい | 仕事内容を評価しなくても使える |
| そのため目上には使いにくい | そのため上下関係を越えて使いやすい |
「ご苦労様」が目上だからダメなのではなく、相手の「苦労」をこちら側から評価することが難しい。
「お疲れ様」は相手の仕事を評価する必要がないため、ずっと使いやすい。
こう考えると、「ご苦労様でした」と「お疲れ様でした」の使い分けが、単なるビジネスマナーの丸暗記ではなく、日本語として理解できるのではないでしょうか。

参考:国立国語研究所「ことば研究館」『「ご苦労様」と「お疲れ様」は結局どう使い分ければよいのでしょうか』、文化庁『敬語の指針』および国語分科会敬語小委員会資料
以上です。



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