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徒然なるままに…

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ナスビはナスビにしかならない(森岡毅)

森岡毅氏は「弱みを克服するのではなく強みを伸ばせ」「どうすれば強みを見い出せるか」という話をされています。文字に書けばありきたりのテーマのように感じるかもしれませんが、この人の話し方には人を納得させる何かがあるのです。聞いてみましょう。
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日本語を学ぶ学生のみなさんへ

どうやら日本と中国で、社会に出てから再教育のされ方が正反対なのではないかと思います。社会に出た中国の方々が、日本人から見て礼儀をわきまえていないと思うそもそもの原因は何なのでしょう。私は二つの原因があると思っています。
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すごいね日本人!ペリー来航時の江戸庶民のこと

最近読んだ本の中で、日本人なかなかすごいね!と、いたく感銘を受けた部分がある。岩波新書日本近現代史シリーズの「幕末・維新」の巻(井上勝生著)の中で、ペリー来航から開国にいたる記載の中で、ペリー艦隊の乗組員たちが日本をどう見たかというくだりである。
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人の存在を消そうとする日本語

日頃、日本語を使っていてもなかなか気づきにくいのですが、日本語には「人の存在を曖昧にしよう、できれば消してしまおう」という力が働いているようです。そんな例をいくつかご紹介します。
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黄檗山萬福寺は江戸期の超一流外国語学校

当時、日本で中国語を学べるところは二カ所しかない。一つは長崎、もうひとつは、宇治の黄檗山萬福寺である。黄檗山はすべてが中華の小宇宙であった。黄檗の宗祖、隠元は明朝が滅亡するなか、この国に渡来してきた。彼は中華のすべてを渡来船にのせて東の島国運んだ。
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中国赴任の心構え

15年程度中国関連の仕事をしています。2012年~2017年の5年間については、中小企業の現地子会社のトップとしてほぼ100%運営を任される形で仕事をしていました。自分のような立場で中国で駐在員としてやってくる人へのアドバイスのようなものを残しておこうと思って書きました。
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うつりゆく日本語をよむ

例えば宇宙船に乗っていて、船外を日本語という星が高速で通り過ぎて行ったからと言って、「日本語は高速で移動している」と言えないのと同じである。自分も相手も動き、その距離も変化するなら観察は難しい。日本語の変化を同時代で語ることはかくも難しい。
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いつか鐘は鳴る(西野亮廣)

 内容は理解できないにしても、彼ら日本の新しい世代を切り拓いていってくれるであろう人々の特徴は、人を納得させる話し方に長けているということであることがわかる。であるからこそ、多くの若者の共感を呼び、やりたいことを実現させる力に結び付けられるのであろう。
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「何もしなくても人生は終わる」(森岡毅)

同郷の著名人で森岡毅さんというマーケッターがいる。名前を知らない人でも、USJジャパンの業績を急回復させた人といえば、たいていの日本人は「ああ、あの人ね。」とわかるだろう。伊丹高校から神戸大学に進み、1996年卒業されている。1995年3回生で阪神淡路大震災を経験されたことになる。
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コロナ禍の開始。シルクロードの終着駅から

竹内峠を越え、ようやく下り坂になりしばらく行くと目の前に大阪平野とその向こうにぼんやりとした水平線らしきものが見えた。その時、中国にいる日本人の友人からSNSで連絡が入った。中国で医療用マスクが不足しているので寄付を受け付けているというニュースだった。
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