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中国赴任の心構え

15年程度中国関連の仕事をしています。2012年~2017年の5年間については、中小企業の現地子会社のトップとしてほぼ100%運営を任される形で仕事をしていました。自分のような立場で中国で駐在員としてやってくる人へのアドバイスのようなものを残しておこうと思って書きました。
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うつりゆく日本語をよむ

例えば宇宙船に乗っていて、船外を日本語という星が高速で通り過ぎて行ったからと言って、「日本語は高速で移動している」と言えないのと同じである。自分も相手も動き、その距離も変化するなら観察は難しい。日本語の変化を同時代で語ることはかくも難しい。
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いつか鐘は鳴る(西野亮廣)

 内容は理解できないにしても、彼ら日本の新しい世代を切り拓いていってくれるであろう人々の特徴は、人を納得させる話し方に長けているということであることがわかる。であるからこそ、多くの若者の共感を呼び、やりたいことを実現させる力に結び付けられるのであろう。
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「何もしなくても人生は終わる」(森岡毅)

同郷の著名人で森岡毅さんというマーケッターがいる。名前を知らない人でも、USJジャパンの業績を急回復させた人といえば、たいていの日本人は「ああ、あの人ね。」とわかるだろう。伊丹高校から神戸大学に進み、1996年卒業されている。1995年3回生で阪神淡路大震災を経験されたことになる。
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コロナ禍の開始。シルクロードの終着駅から

竹内峠を越え、ようやく下り坂になりしばらく行くと目の前に大阪平野とその向こうにぼんやりとした水平線らしきものが見えた。その時、中国にいる日本人の友人からSNSで連絡が入った。中国で医療用マスクが不足しているので寄付を受け付けているというニュースだった。
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ギブミーチョコレートと叫びたい。(ハーシーズチョコに思う)

大学構内のスーパーにハーシーズチョコレートが売られていたので買ってみた。このアメリカメーカーのチョコレートを食べるのは初めてである。昭和30年代生まれの私にとってチョコレートと言えば、森永であり、明治であったから。
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日本の絹織物発祥の地、大阪府池田市の呉服神社

生まれたのは兵庫県川西市である。ただ川西市でも大阪府との県境に近い場所であったのと、なによりも小学校中学校と、隣町の大阪府池田市の学校まで阪急電車で通ったので、懐かしいと思う場所はむしろ池田市の方に多い。
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近代文章日本語の成立と「日本海海戦」

司馬遼太郎「坂の上の雲」は日露戦争勝利の立役者となった秋山真之、秋山好古、そして同時代の俳人正岡子規の三人を中心に、日本が近代国家への歩みを始めた「明治」という時代を描いた大作である。
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日本語の起源は内モンゴル自治区、遼河上流のキビ栽培農夫?

日本語起源を遺伝学、考古学、言語学の三方向から検証した結果、そのルーツは約9000年ぐらい前、今で言う中国東北地方の遼河(りょうか)の上流地域、(内モンゴル自治区)に住んでいたキビ・アワ栽培の農耕民だった??
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日本にいちばん近い中国 2021年 秋。

江蘇省南通市啓東にいる。筆者のいる場所はその啓東市の東端、海岸沿いのある南通大学啓東キャンパスである。キャンパスは広いが、さらにそのキャンパスの東端の職員宿舎8階からの眺めはなかなかのものである。この場所から、初めて東シナ海から昇る朝日を見たのは2017年夏であった。
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