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ブルーインパルス。心で描く五輪マーク

1964年。東京オリンピックの開会式で、ブルーインパルスが大空に五輪マークを描いた。その時の様子を実況で直接見た小学生2年生の私は心躍った。 ただ、57年後の現在も心の中に残っている残像が、開会式当日のものなのか、あるいはその後’64...
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35年目の「いいね!」

禁煙をして5年になる。禁煙を決意した後、遊び心で、“禁煙ブログ”と称して、自分の完全禁煙に至るの記録をつけてみようとブログを書いいた。第1日の記事をFacebookで共有したところ、思いもかけず、35年間ほぼ音信の途絶えていた女性Kさんから“いいね!”クリックの励ましがあった。
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第二の人生。中国での日本語教師

60歳定年以降、中国の大学で日本語教師をやって4年。化学会社の研究開発を中心に仕事をしていた自分には別世界での新しい生活といえます。今の私は、はたから見るとずいぶん楽しそうに見えるようです。その通りではあるんですが、そこに至るまでには、私なりの葛藤があったのも事実なのです。
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スイカ甘いかしょっぱいか。

「スイカ甘いかしょっぱいか?」人生をスイカを食べることに例えたこの文章は、孔子学院の日本人中国語スピーチコンテストで発表した中国語の内容を日本語にしたものです。10年以上前のものですが、なかなかおもしろい。
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人生100年時代のダウンヒル

60歳を迎えた時、ライフシフト「100年時代の人生戦略」を読んで人生をリセットしたつもり。日本語教師としての新たな人生は自分をどう変えてくれるのか。まだまだ楽しみではある。
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中国生活 窓ふきのススメ

日本人は中国あるいは中国人を、中国人は日本あるいは日本人を、良きにつけ悪しきにつけ何らかの偏見をもって見ている。色眼鏡をかけて見ているというたとえもできるが。日本人の中国の見方は汚れたガラス窓を通して見ているのでは?問題はそれが、避け得ないことだと考えていることだ。
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「あかん!」という大阪ことば

中国でカリスマ日本語教師といわれた笈川幸司先生のサマースクールに何度かお邪魔して、日本語教師としての勉強をさせていただいたことがあります。合宿の最後に参加した学生さんたちに贈った言葉がこれです。
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日本語教師として日本語学科新入生に贈る言葉

かつて常熟理工学院でボランティア日本語教師をしていた時、日本語学科の新入生の前でこんな話をしました。教師としても新人であった私が、ドキドキしながら話したことを覚えています。
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日没する処の南通から

南通大学は距離的に日本から最も近い中国なのです。初めて南通大学啓東キャンパスの職員宿舎で朝を迎えたときの朝日の美しさが忘れらなません。そしてちょうど朝日の昇る方向に日本があるはずです。日本という国はこちら側から見れば、文字通り“日出づる処の国”なのです。
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