〔読解〕鄭成功と日本、中国、台湾。〔日本編Ⅰ~誕生~〕

鄭成功児誕石(長崎県平戸千里ヶ浜)

〔タイトル写真は、長崎県平戸市に今もある鄭成功児誕石〕

作者紹介

 白石一郎(1931年〜2004年)氏は、海を舞台にした雄大な歴史小説で知られる日本の作家。特に江戸時代の廻船業や海商たちの活躍を描き、綿密な史料調査に基づく重厚な作品世界で多くの読者を魅了しました。代表作には『海狼伝』『戦鬼たちの海』などがあり、1987年には『海将』で直木三十五賞を受賞。海と人間のロマン、挑戦する者たちの気概を力強く描いた歴史小説の名手として高く評価されています。

 以下、白石一郎が鄭成功の生涯を描いた「怒涛のごとく」から、冒頭部、鄭成功誕生時の記述を抜粋しました。

貝拾い

 風の吹き荒れない静かな午後だった。
 川内浦の丘陵に立つ青瓦屋根の唐風の大きな家から一人の女が小女に手を引かれ、一歩ずつ足もとをたしかめて階段をおりてくる。くつろいだ衣服を着ているが大きな腹は隠せず、妊婦だとひとめでわかる。
 先導する小女は片手に籠を持ち、その籠の中から小さな鉄の熊手がのぞいていた。

千里ヶ浜へ貝拾いに向かう田川マツと小女

千里ヶ浜へ貝拾いに向かう田川マツと小女

「おマツさま、貝拾いは今日はやめましょう。そのお体ではむりでございます」
と十二、三の小女はしきりに妊婦をいさめているが、女は微笑んで首を横に振る。
「もう十月十日をとうに過ぎました。よっぽど呑気な子なんでしょう。私が少し運動して眼をさましてやらなければなりません」
「お腹の中で眠ってしまっているんでしょうか」
「さあ、ときどき動きますよ」
妊婦は五尺三寸あまりで日本人の女性としては大柄なほうだ。
二人はしゃべりながら三、四分も歩いて海岸通りへ出た。
 海がひらけている。対岸の九州本土との間に広々と横たわる海はつよい陽光を反射して、ガラスの粉を撒いたように輝いている。
 女二人が歩いているのは川内港の海岸で、港内には十数隻のジャンクをおろしていた。

・とうに(疾うに):ずっと以前に、=とっくに。「桜はとうに散った」
・呑気:①性格がのんびりしている、②心配事や苦労がなく気楽なこと
   「呑気な性分」「引退して呑気に暮らす」
・五尺三寸:尺貫法で、長さを表す単位は尺、寸で、一尺は約30.3センチメートル。
 寸は長さと共に、距離・時間がきわめて短いことを意味します。
 →「一寸先は闇」、「一寸の光陰軽んずべからず」、「一寸の虫にも五分の魂」
・ジャンク:中国の沿岸や河川で用いられた木造帆船の総称。(もとジャワ語)

倒れる田川マツ

 千里ヶ浜と呼ばれても小さな入江である。砂浜は半里ほどもあろうか。
 小女はしゃがんで小さな熊手を籠から取り出し、貝を掘りはじめたが、おマツはかまわず砂浜を歩いてゆく。
 濡れた砂に埋もれる足を一歩一歩、引き抜くようにして歩く。
 砂浜の尽きるところまで行き着くと背を向けて引き返してくる。
 小女は主人を見もしないで夢中に貝を拾っていた。出てくる。浅蜊貝まじって大きな蛤も姿を見せる。
 みるみる籠の中が貝で重なり合う。
 砂浜をゆっくり往復しているおマツがときどき声をかけても、小女は貝拾いに夢中で返事もしなかった。小女のおきちはまだ十二歳なのだ。
 おきちが手籠を浅蜊貝で一杯にして満足し、ふと顔をあげたときは日が西に傾いていて、日差しがやわらかく翳っていた。
 あっとおきちは声をあげて立ち上がり、そのはずみに手籠を蹴り飛ばし、ざらざらと貝が砂上に撒き散らされた
 つんのめるように走っておきちは主人のそばへ寄った。
 波打ち際におマツが横倒しになっている。
 うめき声が聞えた。顔から血の気が失せて唇が紫色になっている。額や小鼻のあたりに脂汗がにじんでいた。
「おちき、赤児が……」
と、腹へ手をあてておマツがいった。
「生まれそう」
 えっとおきちは眼をみはり、それから周囲を見回した。
 誰もいない。夕暮れどきの千里ヶ浜に人影といえば二人だけだった。
「ここではうめませぬ。せめてあそこへ私を連れて行っておくれ」
 おマツが指差すところに岩塊があった。波に洗われながら頂が屹立している。

・翳る(陰る):①日光、月光が雲などに遮られ暗くなる、②日が傾いて暗くなる、③表情、状況が暗くなる。「景気に陰りがみられる」
・埋もれる:①土、泥でおおわれて見えなくなる。うずもれる。②いろんなものに囲まれて姿が隠れそうになる。「書類の山に埋もれて仕事をする」「世に埋もれた逸材」
・引き返す:元のところへ戻る

まじる・まざる・まぜる

まぜる、まざる図解

詳細は以下の記事参照ください。

・つんのめる:勢いよく前の方へ倒れかかる。「石につまづいてつんのめる」
・目を見張る:①目を大きく見開いて見る。「びっくりして目を見張る」「目を見張るばかりの美しさ」
・といえば:通常は、前の話に出た話題を受けて「…といえば」と続けるが、ここの用法は単に「ある事物を提示し、それについて述べる」ことを表します。
(例)「山といえば富士山」「酒といえば目がない方でして…」
・屹立:山などが高くそびえ立つ。「高層ビルが屹立する副都心」

鄭成功の誕生

 夕日が水平線の彼方に沈みかけていた
 一群の男女が丸山の丘陵のかげから、千里ヶ浜をめざして、わらわらと駆けてきていた。
 みんな浜の岩を指差している。
 駆けつけた男女は岩のそばへやってきて、全員がぎくりと足をとめた。
 没しかけた夕日は空いちめんに鮮烈な最後の輝きを放射している。
 赤や青、紫と複雑な色に染まった流れ雲が真っ赤な空に漂っていた。
 そんな夕日を全身にあびて胸に赤児を抱きしめた一人の女が佇んでいる。
 髪は乱れ、着物の胸襟はひらかれ、裾が割れて白い足もあらわになっているが、女は膝のあたりまで水にひたし、毅然として立っていた。

千里ヶ浜の岩場で鄭成功を出産した田川マツ

千里ヶ浜の岩場で鄭成功を出産した田川マツ

 女の体が夕焼けの光彩につつまれた立像のように見えた。
 「おマツさま!」
 真っ先に走り寄ったのは小女のおきちである。波打ち際の水しぶきを跳ねあげて走った。
 おマツがこちらを見た。
 血の気を失った真っ青な顔で、おマツはそれでも微笑んでみせる。
 わーっと喚声をあげて一群の男女が水を蹴散らしておマツのまわりへ駆け寄った。
 おマツは胸に抱いた赤児を差しのべておきちの手に預け、よろめいて崩折れた。

・わらわら:①多くの人がばらばらに散り乱れているさま。「野次馬がわらわらと群がる」、②急いで行動するさま。「わらわら走る」(多く東北地方でいいます)
・毅然:意志がしっかりしていて、ものに動じないさま。「毅然たる態度を示す」
・蹴散らす:①固まっていたものを、けってばらばらにする。「ゴミの山を蹴散らす」、②勢いよく追い払って、ちりぢりにする。「群がる敵を蹴散らす」

鄭成功児誕石と千里ヶ浜

鄭成功児誕石と千里ヶ浜

続きます。

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