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少し時間が空いた。西安方面への旅行から、かれこれ2年になろうとしている。記憶はますます薄れてくる。実は写真の大半も不注意で失ってしまっている。いつでも記憶を呼び覚ませるようにと、人は写真を撮っておくのだがそれを失うと、時間そのものを失ったような気になる。とりあえず、残されたメモをほぼ丸写しで転記し、少ない写真からいくつかを記録しておくことにする。
7月10日
西安から洛陽へ来ると、ずいぶん田舎へ来たという気分になる。西安がおそろしく大都会であるから相対的にそう感じるだけだが、洛陽というネームバリューの割には、地下鉄も1号線、2号線の日本だけで、地下街もやや寂しい雰囲気につつまれている。
さて10日。洛陽博物館を予約(この時の予約は結局、間違ってキャンセルしてしまい、洛陽3泊の予定を1日伸ばすことになる)洛陽博物館も人気のようだ。午前の部は10分ぐらいでになっていた。ホテルで朝食、9時に出る。雨だ。
明堂・天堂
9時20分、近場の明堂遺跡、洛陽は外国人でも60歳以上ただ。商売っけがないのが西安との違いだろう。結果、観光でそう儲けていないのかもしれない。明堂は、688年武則天がたてたもの。則天武后が主役の観光地らしい。

ホテル近くにある天堂明堂
明堂にて、洛陽、壁の絵などをみていて思った。仏の顔が割としっかり作られていて、また描けてる。南通の、たとえばお寺は建物がいくら立派でも、ご本尊の仏さまの顔が、思わず笑えるほどよろしくない。その点、こちらの仏像はじっと見入るほど、良いお顔立ちをされているのが多い。さすが洛陽である。
10時45分天堂を出る。この場所は、はるか古代から聖地だったようだ。とても満足。武則天復習しないとね。
11時半、向かいの应天门博物馆。ここは地下の遺跡しか見なかった。天堂の向こうがメインの観光地のようだが明日にして、とりあえず竜門だ。
龍門石窟
11時50分、応天門前から53バスで竜門石窟へ。50数分で1元。安い。バスが市民の足なので便数も多い。バスに乗るとすぐ川を渡る。これが、洛河か。
西安がつくられたおもてなしの街なら、洛陽は根っからのおもてなしの街、であるに違いない。そう思いながらやや古めの道路脇の人々を眺めていると、なんとはなしに、安堵感がこみあげる。要はせかせかしてない、心の余裕からくる風格のようなものだろう。
人間本来の優しさを、皆が持つ街、洛陽。単なるそうあってほしいと思う私の勘ぐりみたいなものかもしれないが、少なくともこの印象は洛陽にいた5日間変わらなかった。
国鉄を横切ったあたりから、やっと市街地を抜け郊外的な風景になり、住宅がなくなる。バス駅はあと5つ。龍門石窟。けっこう街に近いのだ。12時30分竜門石窟到着。近過ぎてちょっと拍子抜けという感じ。13時無事入門できたが、ここで間違えて博物館の予約をキャンセルしてしまう失敗をやらかす。どうしようもないが、これは悔しくて歩きながらしばらく悔みつづけた。

龍門石窟(2024年7月10日)
龍門石窟。けっこう歩いた。いちばん高いところは登っても行き止まり。
龍門石窟景区前KFCにて
15時香山寺、ここは北魏時代6世紀に建てられたそう。を出る。さて、これで終わりかな。15時半景区入口のKFCで一服。カフェラテがことさらうまかった!
旅先では孤独である。人生は旅というが、それはこの孤独感を忘れるな、という意味でもあるか?慣れた場所に住み続けると、湯舟にじっと浸かっていると身体近傍の湯温が体温に近くなり、熱さを忘れるように、つまり羊水の中に漂うように安楽感に包まれる。
本当はそうではない。生きている状態というのは、生命という物理的意味においても、また社会の中の一個人としての人間という意味でも、実は弱々しく、哀しいほど頼りない存在であるはずだ。そういうことを思い出させてくれるのが、旅である。kfcにて。
16時半。さて、元気回復。帰路につく。
九州池遺跡公園
16時45分。行きと同じ53バスで帰路。应天门まで12キロ。洛陽はバス、西安は地下鉄。これ正解だろう。夕暮れになると漢服で出かける人が多い。だいたい漢服密度の高いところが名所なんだろう。
皆、撮影セットをごろごろ転がしながら集まってくる。美しい庭園は人の背景となる。あくまで人が主人公である。男の漢服姿は数%といったところ。おばちゃんグループも多いが、若い人は、たぶん夫婦ものも含めて典型的なカップルは、漢服姿の女性に続いて、男が機材車をごろごろ転がしながら歩いている。女性の身づくろいを待っているのか、男どもが4-5人集まってぼんやり待っている姿も見える。女性が主役なのである。中国の男性はかくも優しい。18時半。九州池遺跡公園を出る。3万歩62階上ったことに。まだ元気ではあるがそろそろ限度ではなかろうか。今日の観光はここまで。
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九州池遺跡公園(洛陽)
西安と洛陽の関係は、京都と奈良、福州と泉州の関係か。西安はとっつきにくいが洛陽は生で接してくる感じ。好き嫌いはまだ言えないが、好き嫌い、どちらかの感情が先に生まれるであろう街が洛陽である。西安は見えない、京都と同じだ。洛陽は、けっこう道路は広くても信号がない街。漢服屋さんがことのほか多い。
洛陽のテーマ色は錆色。京都のマクドナルドの色だ。成都の赤茶よりは赤に近い。
ホテル近くの食堂で麺の夕食後、20時帰ホテル。
旅行計画、洛陽4泊、開封2泊、15日南通帰としよう。
つづきます。


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