「べし」
古典の助動詞「べし」には、推量・意志・可能・当然・命令・適当・予定という7つの意味があります。初歩編では、これらを「すいかとめてよ」という語呂合わせなども紹介して意味が広がっていった過程などについて学びました。
しかし、実際に古典作品を読むと、次のような疑問が生まれます。
- 同じ「べし」なのに、どうやって意味を見分けるのか。
- 「当然」と「予定」は何が違うのか。
- 「命令」と「適当」はどう区別するのか。
- 「べし」「べき」「べからず」は、どんな関係にあるのか。
今回は、『徒然草』『土佐日記』などの実際の古文を使いながら、大学受験レベルで「べし」を詳しく考えてみましょう。
1.「べし」の基本的な意味をもう一度確認しよう
「べし」の中心にあるのは、「当然そうなるはずだ」「そうするのが当然だ」という考え方です。これは、話し手が物事について強い判断をしていることを表します。その判断の対象が未来の出来事であれば「推量」、自分の行動であれば「意志」、相手の行動であれば「命令」などの意味になります。まず、7つの意味を復習しましょう。
| 語呂 | 用法 | 現代語訳 |
|---|---|---|
| す | 推量 | 〜だろう |
| い | 意志 | 〜しよう |
| か | 可能 | 〜できる |
| と | 当然 | 〜はずだ・〜べきだ |
| め | 命令 | 〜せよ |
| て | 適当 | 〜するのがよい |
| よ | 予定 | 〜することになっている |

2.「べし」の接続は終止形。ただし例外がある
古典の助動詞を勉強するときは、「意味」「接続」「活用」の三つをセットで覚えることが大切です。まず接続を確認しましょう。
「べし」は、原則として活用語の終止形に接続します。
例えば、
- 行く(終止形)+べし → 行くべし
- 読む(終止形)+べし → 読むべし
- す(終止形)+べし → すべし
ただし、ラ変型の活用語に接続するときは、連体形を使います。例えば、ラ変動詞「あり」の終止形は「あり」、連体形は「ある」です。したがって、
× ありべし
○ あるべし となります。
形容詞の補助活用、形容動詞、打消の助動詞「ず」の補助活用なども、ラ変型に準じた接続を考える必要があります。
| 接続する語 | 接続 | 例 |
|---|---|---|
| 一般の動詞 | 終止形 | 行くべし |
| ラ変動詞 | 連体形 | あるべし |
| 形容詞の補助活用 | 連体形 | 美しかるべし |
| 打消「ず」の補助活用 | 連体形 | あらざるべし |
「終止形接続。ただしラ変型は連体形」という原則を確実に覚えておきましょう。
3.「べし」の活用を理解しよう
「べし」は形容詞のク活用と同じ型で活用します。本活用と補助活用があることが特徴です。
| 活用形 | 本活用 | 補助活用 |
|---|---|---|
| 未然形 | (べく) | べから |
| 連用形 | べく | べかり |
| 終止形 | べし | — |
| 連体形 | べき | べかる |
| 已然形 | べけれ | — |
| 命令形 | — | — |
未然形の「べく」は特殊な用法のため、括弧付きで示しました。
本活用と補助活用は何が違うのか
補助活用は、主に後ろに別の助動詞が続く場合に使われます。
例えば、
言ふべからず
を分解すると、
「言ふ + べから + ず」 となります。
「べから」は「べし」の未然形、「ず」は打消の助動詞です。「ず」は未然形に接続するため、「べし」が未然形の「べから」になっているわけです。ただし、「べからず」は文脈により「言うことができない」にも「言ってはならない」にもなります。これについては、後で詳しく説明します。

4.実際の古典作品で7つの意味を確認しよう
ここからは、実際の古文を読んでいきましょう。同じ「べし」が、文脈によってどのように違う意味になるのかに注目してください。
① 推量「〜だろう」――『土佐日記』
この人々の深き志は、この海にも劣らざるべし。
出典:紀貫之『土佐日記』
現代語訳:この人々の深い思いやりは、この海の深さにも劣らないだろう。ここでの「べし」は、話し手の強い判断を表しています。人々の思いやりの深さを、目の前の海の深さと比較しているのです。「劣らざるべし」は、
「劣ら + ざる + べし」と分解できます。
「ざる」は打消の助動詞「ず」の補助活用の連体形です。ラ変型に活用するため、「べし」はその連体形「ざる」に接続しています。ここは接続と意味の両方を確認できる例です。
② 意志「〜しよう」――『徒然草』
毎度ただ得失なく、この一矢に定むべしと思へ。
出典:兼好法師『徒然草』第92段
現代語訳:毎回、ただ当たり外れを考えるのではなく、この一本の矢で決めようと思いなさい。
弓を射る人に対する教えです。ここで「定むべし」の主体は、矢を射る人自身です。「この一本で決めよう」という決意を表すので、「意志」と考えられます。注意したいのは、文末の「思へ」です。「思へ」は「思ふ」の命令形です。
つまり、文章全体は「決めようと思え」という命令ですが、「定むべし」の「べし」自体は意志を表しています。
一つの文に異なる意味を持つ表現が含まれていることに注目しましょう。
③ 可能「〜できる」――『無名抄』
なほ自らは先の歌には言ひくらぶべからず。
出典:鴨長明『無名抄』
現代語訳:やはり自分では、先の歌とは比べて言うことができない。
ここでは「べからず」が「できない」という不可能を表しています。
「言ひくらぶべからず」は、
「言ひくらぶ + べから + ず」と分解できます。
「べし」の可能の意味が打ち消されて、「できない」という意味になったものです。可能の「べし」は、このような打消表現とともに現れることがあります。ただし、「べからず」がすべて不可能になるわけではありません。「〜してはならない」という禁止の意味になる場合もあります。
④ 当然「〜はずだ」――『万葉集』
藤波の先行く見ればほととぎす鳴くべき時に近づきにけり
出典:『万葉集』
現代語訳:藤の花が次々と咲いていくのを見ると、ほととぎすが鳴くはずの時期に近づいたのだなあ。
ここでの「べき」は、助動詞「べし」の連体形です。「鳴くべき時」は、「鳴くはずの時期」という意味になります。ほととぎすが鳴く時期は、季節の移り変わりから考えて自然に予想できます。つまり、当然そうなると考えられる出来事を表しているのです。この例では、「べき」が後ろの名詞「時」を修飾している点にも注目してください。
⑤ 命令「〜せよ」――『平家物語』
頼朝が首をはねて、わが墓の前にかくべし。
出典:『平家物語』巻第六「入道死去」
現代語訳:頼朝の首をはねて、私の墓の前に掛けよ。
ここでの「べし」は強い命令を表しています。単なる予想ではなく、相手に行動を命じています。そのため、「〜せよ」という訳が適切です。命令かどうかを判断するには、誰が誰に向かって話しているのかを確認することが重要です。
⑥ 適当「〜するのがよい」――『徒然草』
家の作りやうは、夏をむねとすべし。
出典:兼好法師『徒然草』第55段
現代語訳:家の造り方は、夏を中心に考えるのがよい。
兼好法師は、暑い夏を快適に過ごせるような家が望ましいと考えています。ここでの「べし」は、相手に厳しく命令しているというより、家の造り方について適切な方法を示しています。そのため、「〜するのがよい」という適当の意味で解釈できます。ただし、「夏を中心にすべきだ」という当然に近い訳も可能です。このように、「当然」と「適当」は意味が重なることがあります。
⑦ 予定「〜することになっている」――『土佐日記』
舟に乗るべき所へわたる。
出典:紀貫之『土佐日記』
現代語訳:船に乗ることになっている場所へ移動する。
この「べき」は「べし」の連体形です。「舟に乗るべき所」は、乗船する予定の場所を表しています。すでに決まっている行動について述べているので、「予定」と解釈できます。「当然」の「そうなるはずだ」と意味が近いため、予定を当然の一種として説明する辞書もあります。
7分類では、計画や取り決めに関係する用法を独立させていると考えるとわかりやすいでしょう。

「べし」の意味の判別
ステップ1.誰について述べているか
まず、動作や判断の主体に注目します。
| 主体 | 考えやすい意味 |
|---|---|
| 一人称(私) | 意志 |
| 二人称(あなた) | 命令・適当 |
| 三人称(彼・物事) | 推量・当然 |
これは便利な手がかりですが、必ず当てはまる規則ではありません。例えば三人称でも、「彼は行くべきだ」と義務や当然を述べる場合があります。
ステップ2.文全体が何をしているか
次に、文章の目的を考えます。
- 未来の出来事を予想している → 推量
- 自分の決意を表明している → 意志
- 相手に強く行動を求めている → 命令
- 一般的な道理や義務を述べている → 当然
- よい方法をすすめている → 適当
- 決まっている行動を説明している → 予定
- 実現できるかどうかを述べている → 可能
ステップ3.打消表現や周囲の語に注目する
「べからず」などの打消表現にも注目しましょう。「言ふべからず」が、
「言うことができない」なら不可能。
「言ってはならない」なら禁止です。
この区別は、文字だけを見ても決められません。何を述べている文章なのかを確認する必要があります。
ステップ4.現代語訳を入れてみる
最後に候補となる意味を現代語訳に置き換え、文章全体が自然に読めるかを確かめます。
例えば、『徒然草』の「夏をむねとすべし」を、
「夏を中心にするだろう」と訳すと、家の造り方について助言する文脈に合いません。
「夏を中心にするのがよい」と訳すほうが自然です。
意味の識別では、暗記した用法を当てはめるのではなく、文章の内容に合う訳を選ぶことが重要です。
6.特に間違えやすい「べし」の比較
① 当然と予定の違い
「当然」は、道理や状況から考えて、そうなるのが自然だという意味です。一方「予定」は、あらかじめ決められている行動や出来事を表します。次の例を比較してみましょう。
| 用法 | 注目する点 |
|---|---|
| 当然 | 道理・義務・自然な成り行き |
| 予定 | あらかじめ決まっている計画・取り決め |
ただし、この二つは重なることがあり、必ず明確に区別できるわけではありません。
② 命令と適当の違い
命令は、相手に行動を強く求めることです。適当は、ある行動が望ましいと判断することです。
『平家物語』の「わが墓の前にかくべし」は命令です。
『徒然草』の「夏をむねとすべし」は適当です。
どちらも「〜すべきだ」と訳せることがありますが、話し手の意図が違います。
命じているのか、よい方法を述べているのか。この違いを考えましょう。
③ 推量と当然の違い
推量は、まだ確定していない事柄について「〜だろう」と判断することです。当然は、道理や根拠から考えて「〜はずだ」と判断することです。しかし、強い推量と当然は近い意味になります。そのため、現代語訳が似ていても、文脈によって判断が分かれることがあります。
7.「べからず」は禁止? それとも不可能?
ここは大学受験でも重要なポイントです。
「べからず」は、
べし(未然形「べから」)+ ず(打消)という形です。そして、少なくとも次の二つの解釈を考える必要があります。
| 意味 | 現代語訳 |
|---|---|
| 不可能 | 〜できない |
| 禁止 | 〜してはならない |
例えば、
「ここに入るべからず」という立て札があれば、普通は「ここに入ってはいけない」という禁止です。
一方、
「人の力では動かすべからず」という文脈なら、「人の力では動かすことができない」という不可能に解釈できます。
大事なのは、「べからず=必ず禁止」と決めつけないことです。

8.「む」と「べし」はどう違うのか
最後に、もう一つ重要な助動詞「む」と比較してみましょう。「む」も「べし」と同じように、推量や意志などの意味を持ちます。しかし、中心的なニュアンスには違いがあります。
| 助動詞 | 基本的なイメージ |
|---|---|
| む | これからそうなるだろう・そうしよう |
| べし | 当然そうなるはずだ・そうするべきだ |
「む」は未来の出来事についての予想や意志を表します。一方、「べし」は、確信や必然性、当然そうすべきだという判断を強く表すことがあります。
例えば、
「行かむ」なら「行こう」。
「行くべし」なら、文脈によって「行こう」「行くべきだ」「行くだろう」などになります。二つの助動詞は、似た意味を持ちながら、話し手の判断の仕方が異なるのです。もちろん、すべての「べし」が「む」より強いと単純に決められるわけではありません。実際の文脈による解釈が必要です。
9.確認問題に挑戦しよう
最後に、これまでの内容を確認しましょう。
次の「べし」「べき」「べからず」の意味を答えてください。
問題1:「この人々の深き志は、この海にも劣らざるべし。」(土佐日記)
問題2:「この一矢に定むべしと思へ。」(徒然草)
問題3:「家の作りやうは、夏をむねとすべし。」(徒然草)
問題4:「舟に乗るべき所へわたる。」(土佐日記)
問題5:「なほ自らは先の歌には言ひくらぶべからず。」(無名抄)
答えと解説を表示する
問題1:推量
「劣らないだろう」。人々の思いやりについて強く判断しています。
問題2:意志
「決めよう」。弓を射る本人の決意を表しています。
問題3:適当
「夏を中心にするのがよい」。家の造り方について助言しています。
問題4:予定
「船に乗ることになっている場所」。あらかじめ決まっている乗船場所です。
問題5:不可能
「言い比べることができない」。可能の打消です。
10.まとめ――7つの意味は、文脈から考える
古典の助動詞「べし」には、次の7つの意味があります。
推量・意志・可能・当然・命令・適当・予定。覚え方は「すいかとめてよ」。
そして、意味を決めるのは、助動詞の形だけではありません。
「誰が、どんな場面で、何を伝えようとしているのか」
この点を考えることが、古典を正確に読むための第一歩です。7つの意味は単なる暗記事項ではなく、昔の日本人が物事をどのように判断し、表現していたのかを知る手がかりでもあるのです。

参考資料・本文確認
- 『徒然草』第55段・第92段
- 『土佐日記』紀貫之
- 『平家物語』巻第六
- 『万葉集』
- 鴨長明『無名抄』
- 東京書籍『全訳古語辞典』「べし」
※古文の表記は、学習しやすいように漢字・仮名遣い・句読点などを一部調整しています。また、意味の分類には参考書や辞書による違いがあります。
以上です。



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