「VにVた」と「NというN」
共に同じ言葉を重ねて意味を強める表現です。たとえば、次の二つを見てください。
感情という感情をすべて吐き出した。
どちらも同じ言葉を重ねています。しかし、強調しているポイントは違います。
| 表現 | 何を強調する? | 意味 |
| 考えに考えた | 動作の徹底 | 何度も、深く、十分すぎるほど考えた |
| 感情という感情 | 対象の全体 | 怒り、悲しみ、不安など、あらゆる感情 |
一言で言えば、
「NというN」は、その名詞に含まれるものをすべて表します。
本記事では、「考えに考えた」と「感情という感情」の違いを通して、重ねて強調する日本語表現を整理します。
1. 「考えに考えた」は、動作を強調する
まず、「考えに考えた」を見てみましょう。
この文の「考えに考えた」は、ただ「考えた」という意味ではありません。
・何度も考えた。
・深く考えた。
・簡単には決められず、十分すぎるほど考えた。
このような意味を表します。つまり、「考える」という動作そのものを強くしています。
| 普通の表現 | 強調した表現 |
| 考えた | 考えに考えた |
| 悩んだ | 悩みに悩んだ |
| 迷った | 迷いに迷った |
| 調べた | 調べに調べた |
| 待った | 待ちに待った |
例:
考える → 考えに考えた
悩む → 悩みに悩んだ
迷う → 迷いに迷った
調べる → 調べに調べた
待つ → 待ちに待った
2. 「VにVた」の例文
待ちに待った春休みが始まった。
「ずっと楽しみにして待っていた春休み」という意味です。「待ちに待った」は、期待していたものがついに来たときによく使います。
考えに考えた末の結論なので、簡単には変えられない。
「何度も深く考えたあとで出した結論」という意味です。
悩みに悩んだ結果、会社を辞めることにした。
「苦しみながら何度も考えた結果」という意味です。
迷いに迷って、最後は日本留学を選んだ。
「どれにするか何度も迷ったあとで決めた」という意味です。
調べに調べたデータなので、かなり信頼できる。
「徹底的に調べたデータ」という意味です。
このように、「VにVた」は、動作の回数・深さ・長さ・徹底ぶりを強調します。
3. 「感情という感情」は、対象の全体を強調する
次に、「感情という感情」という言い方を見てみましょう。
この文は、単に「感情を吐き出した」という意味ではありません。怒りも、悲しみも、悔しさも、不安も、寂しさも、心の中にある感情を全部出した、という意味です。つまり、「感情」に含まれるものをすべて表しています。
この形は、次のように作ります。
例:
感情 → 感情という感情
窓 → 窓という窓
本 → 本という本
力 → 力という力
証拠 → 証拠という証拠
意味は、・あらゆるN・Nに含まれるものは全部・NらしいNはすべて
4. 「NというN」の例文
台風で、窓という窓が割れていた。「すべての窓が割れていた」という意味です。
彼は本という本を読みあさった。「あらゆる本を読んだ」という意味です。
最後の試合で、力という力を振り絞った。「持っている力をすべて使った」という意味です。
事件現場には、証拠という証拠が残っていなかった。「証拠らしい証拠がまったくなかった」という意味です。
彼女は涙という涙を流し尽くした。「流せる涙をすべて流した」という意味です。
このように、「NというN」は、動作ではなく、対象の範囲を強調します。
5. 「考えに考えた」と「感情という感情」の一番大きな違い
二つの違いをもう一度整理しましょう。
| 表現 | 文法の形 | 強調するもの | 意味 |
| 考えに考えた | VにVた | 動作 | 徹底的に考えた |
| 感情という感情 | NというN | 対象 | あらゆる感情 |
つまり、
ここが最も大切な違いです。
6. 「調べる」で比べるとわかりやすい
次の二つを比べてみましょう。
調べに調べた。
資料という資料を調べた。
どちらも「よく調べた」という感じがあります。しかし、焦点が違います。
| 表現 | 意味の中心 |
| 調べに調べた | 調べる行為を徹底した |
| 資料という資料を調べた | あらゆる資料を調べた |
調べに調べたは、「調べる」という動作を強調しています。
夜遅くまで調べた。
何度も確認した。
時間をかけて徹底的に調べた。
というニュアンスです。
一方、資料という資料を調べたは、「資料」の範囲を強調しています。
本も、新聞も、論文も、ネット記事も、古い記録も、関係する資料は全部調べた。
このようなニュアンスです。
7. 「泣く」で比べると、さらにわかりやすい
次の二つも比べてみましょう。
泣きに泣いた。
涙という涙を流した。
どちらも強い悲しみを表します。しかし、やはり焦点が違います。
| 表現 | 意味の中心 |
| 泣きに泣いた | 泣く行為が激しい |
| 涙という涙を流した | 涙をすべて出し切った |
泣きに泣いたは、「たくさん泣いた」「激しく泣いた」という意味です。泣くという行為の強さを表します。一方、涙という涙を流したは、「流せる涙を全部流した」という意味です。涙という対象を、すべて出し切った感じがあります。
8. 「VにVた」は、どんな動詞でも使えるわけではない
「VにVた」は、すべての動詞で自然に使えるわけではありません。使いやすいのは、時間・努力・感情の強さを表しやすい動詞です。
| 使いやすい動詞 | 例 |
| 待つ | 待ちに待った春休み |
| 考える | 考えに考えた結論 |
| 悩む | 悩みに悩んだ結果 |
| 迷う | 迷いに迷って決めた進路 |
| 調べる | 調べに調べたデータ |
| 耐える | 耐えに耐えた日々 |
| 泣く | 泣きに泣いた夜 |
反対に、次のような表現は文脈がないと少し不自然です。
△見に見た
△置きに置いた
△開けに開けた
もちろん、特別な文脈があれば使える場合もあります。しかし、普通は「何度も・徹底的に」という意味が自然に出る動詞と相性がいいです。
9. 「NというN」も、どんな名詞でも自然なわけではない
「NというN」も、すべての名詞で同じように使えるわけではありません。使いやすいのは、数が多いもの、種類があるもの、全部を強調しやすいものです。
| 使いやすい名詞 | 例 |
| 感情 | 感情という感情を吐き出す |
| 窓 | 窓という窓が割れる |
| 本 | 本という本を読みあさる |
| 力 | 力という力を振り絞る |
| 証拠 | 証拠という証拠がない |
| 手段 | 手段という手段を尽くす |
| 希望 | 希望という希望が消える |
たとえば、次のような文は自然です。
これは、「教室にある机がほとんど全部」という意味です。しかし、何の文脈もなく、
×机という机を見た。
と言うと、少し不自然です。「NというN」は、全部であることを強く言いたい場面で使います。
10. 「すべて」と一緒に使ってもいい?
「感情という感情」は、それだけで「あらゆる感情」という意味を持っています。では、次のように「すべて」をつけてもいいのでしょうか。
これは自然です。ただし、かなり強い表現になります。普通に言うなら、
すべての感情を吐き出した。
強く言うなら、
感情という感情を吐き出した。
さらに強く言うなら、
感情という感情をすべて吐き出した。 となります。
「感情という感情をすべて吐き出した」は、心の中にあるものを一つ残らず出した、というかなり強い表現です。
11. 会話ではどう言う?
「VにVた」も「NというN」も、やや文章的な表現です。会話で使えないわけではありませんが、少し強調された、印象的な言い方になります。
| 普通の会話 | 強調表現 |
| すごく考えた | 考えに考えた |
| ずっと待っていた | 待ちに待った |
| 全部の感情を出した | 感情という感情を吐き出した |
| できることは全部やった | 手段という手段を尽くした |
会話では、
考えて考えて、やっと決めた。
泣いて泣いて、少し楽になった。
のような形もよく使います。一方、
考えに考えた末、決断した。
感情という感情を吐き出した。
は、文章やスピーチで使うと、より重みが出ます。
12. まとめ
最後に、違いをもう一度まとめます。
| 比較 | VにVた | NというN |
| 代表例 | 考えに考えた | 感情という感情 |
| 形 | 動詞ます形+に+同じ動詞 | 名詞+という+同じ名詞 |
| 強調するもの | 動作 | 対象 |
| 意味 | 徹底的に〜した | あらゆるN |
| 焦点 | どれだけしたか | どこまで含むか |
| 例文 | 考えに考えた末、結論を出した。 | 感情という感情を吐き出した。 |
「考えに考えた」は、考えるという動作を徹底的に行ったことを表します。
「感情という感情」は、感情に含まれるものをすべて表します。
どちらも同じ言葉を重ねる強調表現ですが、
「VにVた」は動作の強調、
「NというN」は対象の全体強調、と覚えるとわかりやすいです。

以上です。




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