包容力のある都市、東京。

16級の叶怡恬さんは、九州外国語学院から一橋大学の大学院に合格。現在東京で社会学を研究されています。

日本との出会い

 私の日本に対する第一印象は、高校時代に同級生が勧めてくれた日本のドラマによるものでした。 その時の日本に対するイメージは、とても秩序のある成熟した社会で、質の高い人々が集まっている国だというぐらいの割と抽象的なものでした。

 その後、大学に進学し、日本語専攻の学生となった後、クラスメイトと初めて日本に旅行しました。その旅行では、さまざまな経験を通して、教科書で学んだ日本とは少し異なる日本の姿を目にし、日本に対する具体的なイメージが徐々に作られていきました。

温泉地への山道で

重いスーツケース 中でも印象的だったのは、旅行中、温泉地を訪れた時の出来事です。まだまだ日本語が不自由だった私は、ホテルに電話して迎えに来てほしいということを、うまく伝えられず、結局友人と3人で大型のスーツケースを担いで急な山の斜面を登っていくという、大変なことになりました。

 おまけに、地面には滑り止めの砂利が敷き詰められており、スーツケースを転がして運ぶことができません。なんと皆、重いスーツケースを担いで急な坂を登っていくしかありませんでした。スーツケースは20kg以上あったでしょう。私の体重の半分以上ありました。

 絶望的な気持ちで途方に暮れていた私たちでした。ちょうどその時、一人のおじいさんが山の上から降りてきました。彼は、外国人の私たちが大きなスーツケースを持っているのを見て、山の中の隠れた温泉宿に連れて行こうと言ってくれたり、重いスーツケースを運ぶのも手伝ってくれたり、いろいろと世話を焼いてくれました。

 目指したホテルが見つかるまでの時間、45度はあろうかという急な山道を、皆のスーツケースを運んでいただいたりもしました。私たちは感謝の気持ちと申しわけないという罪悪感でいっぱいでした。

動物温泉

日本人も人それぞれ

 それまで、日本は他人のやることに無関心な社会だと思っていましたし、実際そのようなステレオタイプの日本人を数多く見聞きしていました。ですから、あの時のおじいさんのように心の温かい日本人がいることに、実は驚いてしまいました。

 実際には、その後長く日本に住んでいると、いろいろな方に親切に助けてもらうことも数多く、日本人もさまざまなんだとわかりました。とりわけ、日本の中でも特に他人に無関心な都市だと、日本国内でもよく批判されている東京にも、優しい人はたくさんいるのです。

東京が好き

東京魚眼レンズ ちなみに、私は東京が大好きです。多くの人が東京を嫌っていますが、私は東京の持つ多様性とサイバーパンクな雰囲気に魅力を感じます。電車や道路の喧騒の合間に突然静かな緑地が現れたり、交通の要所から200メートルぐらい離れたところに、アートを肌で感じられる美術館があったりすることも珍しくありません。

 この複雑さと多様性をすべて吞み込んだ街が東京です。私は東京の包容力に惹きつけられました。大道芸人

 

 パレードや大道芸人、パフォーマンスアートなど様々なことに出会うことができる東京の街は、自由を象徴する活気に満ちたところだと思います。

 ここにいると、今まで聞こえなかった声が聞こえるようになるような経験ができます。ある意味では自分の認識や世界観を再構築できるのです。その体験こそが留学の醍醐味なのものかもしれません。

留学の経緯

福岡時代

博多ラーメン

博多ラーメン

 2019年の10月に、何人かのクラスメイトと一緒に日本へ渡り、福岡の九州外国語学院で大学院入試を目指すための生活が始まりました。以来現在まで、ずっと日本にいます。

 日本に来た当初の気分を振り返ると、正直なところ、受験試験勉強そのもののプレッシャーよりも、海外生活の新鮮感の方が大きかったですね。そして、無事東京の一橋大学に合格し進学することができました。

東京時代

一橋大学 一橋大学に無事に進学して大学院生としての生活が始まりました。

 大学院生になって一番変わったことというと、やりたい研究テーマを自由に選ぶことができるということです。勉強したい科目を自由に履修できるようになったということも私にとっては新鮮でした。

 ただ周囲には本当に優秀な学生も多く、大きなプレッシャーを感じるようになりました。周囲の学問好きの学生たちと接しているうち、私自身の目標は、研究を極めることより、よい職を求める方向へと徐々に変化していきました。

研究生活のこと

 大学院での研究は、ドラマ「越境」を取り上げ、日本ドラマに描かれた「日本社会の中国化」に研究の主眼を置きました。リメイクという文脈においては、日本ドラマのコンテンツの中国での受容と変容を考察しました。

 なかでも、中国における日本の古着文化の受容と流行、それにともなう文化変容、新しい消費文化の形成などについて強く興味を持ったので、社会学の視点からその社会現象を深く研究したいという気持ちが強くなりました。

社会学 今の私の研究は社会学という視点から「文化変容」という現象を再検討しています。従来の文化変容に関する伝統的な研究に対して、補填的な意義のある研究だと自分では思っています。

 また、古着をめぐる文化変容を研究する中で、第三の消費文化が作られていく、といった現象の研究は、環境と人間にやさしく持続可能な社会の構築のための参考になるのではと思っています。そういう考えを持ちながら、自分が本当に興味深い研究をやっていけることが幸せです。

自由な学問

自由の女神 選択の自由、選択をする前のバックグラウンドチェック。そして選択の自由に伴う自己責任は、大学時代には経験したことがないことです。この自立性と独立性の感覚を楽しむ一方で、これでいいのかという不安も感じながら研究を進めています。

 私自身、そんな状態が嫌いではありません。むしろ好きです。今も未来も、いい意味の不安感があって、それを楽しむことができますから。

不確定な今後

 今はいろいろな原因で、卒業したら中国に帰ろうと思っています。旅行の果てを見ながら人生を過ごすことに恐怖を感じ、日本で働くことの安定性や、日本の職場において働くことのある種の限界、(いわば天井の狭さのようなもの)などをいろいろ考えていると、今は一旦帰国の選択をするのが賢明ではないかとも考えるようにもなりました。

 そうはいっても将来のことはやはりわかりません。ただ日本に定住することはしないつもりです。しかし、私にとって大切な、人生における青春時代を過ごし、私の人間形成に強い影響を与えたのが日本という国、東京という都市であることは疑いようのない事実です。いつか遠い未来、現在のこの時間を思い、それを感謝するでしょう。そして、日本での不思議な経験をもっともっと多くの人に伝えていきたいと思っています。

以上です。

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