京都「私設図書館」というライフスタイル

私設図書館の灯り

京都銀閣寺道の「私設図書館」とは40年のお付き合いでご縁が深い。といっても図書館の創立者で館長の田中厚生さんは、入館時幾度となく顔を合わせてはいたものの、おそらく私の顔など覚えてはおられないだろう。

図書館と呼ぶにはや小ぶりだが、京都で学生時代を過ごした人には、1973年の創立のこの図書館のファンは多いはずである。先に、館主の田中さんといきなり書いたが、お名前はこの方が昨年末出された「京都私設図書館というライフスタイル」を手に入れて初めて知った。

やはりただ者ではない。私より一世代前、つまり所謂”団塊の世代”の方なのだが、学生時代、決められたレールの上を進むような学生生活を嫌い、梅棹エリオらと熱気球「イカロス5号」を作り、日本初の飛行に成功したという経歴を持っておられる。参考までに梅棹エリオとは、『文明の生態史観』を書いた梅棹忠夫の息子さんである。

そして、私は過去40年間、”断続的”にこの私設図書館に通い、人生の転機ごとに、新たなステージで必要な知識を、この私設図書館に通って詰め込んだ。私の記憶では館主の田中さんはいつも受付に座っておられた。受付のあまりにも小さな小部屋に大きな身体をしまい込むように座っておられた田中さんの印象は強く忘れられない。

私設図書館というライフスタイル

田中厚生さんの著書「京都私設図書館というライフスタイル」

しかしこの本によると、この小さな図書館の収入だけでは家族を支えることは難しく、80年代末から16年間、奥様やアルバイトの方に受付を任せ、ご自身は会社勤めをされていたそうだ。実はちょうどその期間、私自身も研究者として脂ののった時代であり、仕事に熱中して図書館へは来ていなかった。

80年代から90年代、バブル経済の時期であり、働き過ぎの過労死という現象が話題になった時代である。私も田中氏も身を粉にして懸命に生きていた時代であろう。

京都「私設圖書館」というライフスタイル」という本には、時代を超えて、生き方を模索するすべての年代の人々に、爽快で、かつ豪快なる理想的ライフスタイルが示されているように感じられてならない。

「型にはまらない生き方」を目指し、損得抜きで50年近く、私設図書館を運営されてきた田中厚生さんの物語に勇気をもらった。

「私設図書館」日本語教師の小さな夢
60歳から中国の大学で日本語教師をやって4年、明日から5年目の新学期を迎える。常々若者と付き合っているからなのか、中国という国の雰囲気がそうさせるのかわらないが、常に新しい夢や目標を持ち、一つひとつ実現していきたいと意欲満々である。

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