「べし」
古典文法の「べし」には、たくさんの意味があります。
推量・意志・可能・当然・命令・適当・予定。なんと、全部で7つです。
「〜だろう」「〜しよう」「〜できる」「〜しなさい」……。
ずいぶん違う意味のように思えるかもしれません。どうして、たった一つの「べし」に、これほど多くの意味があるのでしょうか。
実は、7つの意味には、共通する考え方があります。今回は、難しい文法用語をできるだけ使わず、「べし」の意味をやさしく考えてみましょう。
1.「すいかとめてよ」で7つの意味を覚えよう
まずは、7つの意味を覚えるための、語呂合わせを紹介します。
すいかとめてよ!
坂道を大きなスイカが転がっていきます。それを見た人が、あわてて「スイカ、止めてよ!」と叫んでいます。そんな場面を想像してください。

| 文字 | 用法 | 現代語の意味 |
|---|---|---|
| す | 推量 | 〜だろう |
| い | 意志 | 〜しよう |
| か | 可能 | 〜できる |
| と | 当然 | 〜はずだ・〜べきだ |
| め | 命令 | 〜しなさい |
| て | 適当 | 〜するのがよい |
| よ | 予定 | 〜することになっている |
なお、参考書によっては「予定」を独立させず、6つの意味で説明することもあります。この記事では、7つに分けて考えることにしましょう。
2.「べし」の中心にあるのは「当然そうなるはずだ」
では、なぜ「べし」には7つもの意味があるのでしょうか。ここで、一つだけ覚えてほしいことがあります。それは、「べし」の中心には、
当然そうなるはずだ
という考え方があることです。例えば、空を見上げると、真っ黒な雨雲が広がっています。もうすぐ雨が降りそうです。こんなとき、昔の人が、
「雨降るべし」
と言ったとします。現代語では「雨が降るだろう」という意味です。しかし、単に「雨が降るかもしれない」と言っているのではありません。
「こんな空なら、きっと雨が降るはずだ」
という、強い予想を表しています。
これが「推量」の意味です。

この「当然そうなるはずだ」という考え方が、「べし」のさまざまな意味につながっているのです。
3.誰について話すかで意味が変わる
ここからが面白いところです。同じ「べし」でも、誰について話しているかによって、意味が変わることがあります。
ここでは、「行くべし」という簡単な表現で考えてみましょう。
① 自分のことなら「意志」
「私は行くべし」
自分がこれから行こうと決心している場面です。
「私は行こう」
という意味に解釈できます。これが「意志」という意味になります。
② 相手に言うなら「命令」
「あなたは行くべし」
今度は相手に向かって言います。
「あなたは行きなさい」という意味になります。これが「命令」です。
③ ほかの人のことなら「推量」
「彼は行くべし」
例えば、彼が出発の準備を終えたのを見て言ったとします。
第三者に言うのですから「彼は行くだろう」という意味に解釈できます。これが「推量」です。

三つを整理してみましょう。
| 誰について? | 意味 | 用法 |
|---|---|---|
| 私 | 行こう | 意志 |
| あなた | 行きなさい | 命令 |
| 彼 | 行くだろう | 推量 |
どうでしょうか。「べし」という言葉は同じなのに、使われる場面によってそれなりの意味に変わるのですね。
ただし、ここで一つ注意があります。誰について話しているかだけで、意味が必ず決まるわけではありません。例えば、「彼は行くべし」は、「彼は行くべきだ」という当然の意味にもなります。実際の古典では、「文脈判断」つまり、前後の文章を読んで判断することが大切です。
4.残りの4つの意味も考えてみよう
ここまでで、「推量」「意志」「命令」の三つがわかりました。残りは、「可能」「当然」「適当」「予定」です。一つずつ簡単に見てみましょう。
④ 可能(〜できる)
「可能」とは、何かをすることができる、という意味です。
例えば、「登るべきやうなし」という古典の表現があります。
これは、「登ることができそうな方法がない」という意味です。
ここでは「べし」が、実現できるという可能性を表現しています。
⑤ 当然(〜はずだ・〜べきだ)
例えば、「約束は守るべし」
これは、「約束は守るべきだ」という意味です。約束を守るのは当然のことだ、と言っているのです。
現代日本語にも「〜すべきだ」という表現が残っているのでわかりやすいでしょう。
⑥ 適当(〜するのがよい)
例えば、「疲れたときは休むべし」
これは、「疲れたときは休むのがよい」という意味です。
相手に、そうしたほうがよいとすすめています。これを「適当」といいます。ここでいう「適当」は、「いいかげん」という意味ではありません。
「その状況にふさわしい」という意味です。
⑦ 予定(〜することになっている)
最後は「予定」です。例えば、
「明日、都へ帰るべし」帰る日がすでに決まっている場面なら、
「明日、都へ帰ることになっている」という意味に解釈できます。単に「帰るだろう」と予想するのではなく、帰ることが決まっているのです。これが「予定」の意味です。(この予定の用法は、「当然」と近いため、独立した意味として扱わないこともあります。)

5.7つの意味は、まったく別々ではない
もう一度、最初の疑問に戻りましょう。なぜ、一つの「べし」に7つもの意味があるのでしょうか。それは、「べし」が表す「当然そうなるはずだ」という考え方が、いろいろな場面で使われるからです。例えば、
- きっと雨が降るはずだ → 推量
- 私は行くことにしよう → 意志
- 実現できる見込みがある → 可能
- そうするのが当然だ → 当然
- あなたはそうしなさい → 命令
- そうするのがよい → 適当
- そうすることに決まっている → 予定
このように考えると、7つの意味にはつながりがあることがわかります。言葉には、一つの意味から、いくつもの関連した意味が生まれることがあります。このような性質を「多義性(たぎせい)」といいます。「べし」は、そのよい例なのです。
6.まとめ――まずは「すいかとめてよ!」
今回は、古典の助動詞「べし」について、7つの意味を紹介しました。覚え方は、
すいかとめてよ!
推量・意志・可能・当然・命令・適当・予定
転がっていく大きなスイカを、あわてて止める場面を思い浮かべてください。そして、もう一つ大切なことがあります。
「べし」の中心には、「当然そうなるはずだ」という考え方がある。
7つの意味は、まったく関係のない意味を集めたものではありません。共通する考え方が、使われる場面によって、いろいろな意味として現れているのです。まずは、このイメージを理解できれば十分です。次回の【展開編】では、実際の古典作品を取り上げながら、「べし」の意味の見分け方を、大学受験レベルでもう少し詳しく考えていきましょう。
【展開編】(執筆中)



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