読解「企業内の聖人」星新一Ⅹ

ついに社長に

「日語総合教程」第六冊 第8課「企業内の聖人」星新一 を読みます。
前回(こちら)の続きです。

 このような経過で取締役になった例は、ほかになかったのではなかろうか。いずれにせよ、部長たちはほっとし、各部門の運営はすべて能率的な回転となった。
 この昇進ぶりを見て、まねを試みようと考える社員が、ないでもなかった。しかし、平凡な人間にできるものではない。苦痛でもあり、すぐに化けの皮がはげる。彼のごとき、生まれつきの聖人でなければむりなのだ。

 かくして問題は取締役会しわ寄せされた。前例のない若い役員なのに、それが一番の非能率なのだ。いちいち、かんでふくめるように説明してやらねばならず、それはさらにくだらぬ次の質問となって返ってくる。その合間に、この社に勤めていることへの感謝の辞がはさまり、会議はとめどなく長引くのだ。

 それが悪意にもとづくものだったら扱いは簡単だが、表裏のない愛社精神の発露となると、どうしたらいいのだ。批判の口火を切ることはだれにもできない。残された道はただひとつ。祭り上げだ。すなわち、社長へ。

 新しい社長が生まれた。社内すべてにとっていい社長といえた。社員たちが連絡を取ってひそかにお膳立てをし、社長はそれに判を押すだけ。あとは公式的な行事に出て、公式的なことをやるだけ。社内はすっきりと満足すべき状態となった。祭り上げられる人物が、それにふさわしい地位におさまったのだから。

 企業を悪用して私利をはかる心配もなく、人柄は穏やか、仕事の邪魔にもならない。社員からの反感もまったくない。
 しかし、彼にとってはその逆だった。飾りのお人形と化しては、なんにもすることがなくなった。とめどなく湧き出る愛社精神をもてあました。気力のもってき場がないような、気力が失われていくような……。

 その憂鬱さは高まる一方。呆然と社にやってきて、ロボットのごとく書類に判を押し、あとは新聞も見ず、ただ沈みこんだままという毎日。
 そして、ある日、彼は発作的に社長室の窓から飛びおりた。五階であり、もちろん地上に達するとともに死んだ。

このような経過で取締役になった例は、……

このような経過で取締役になった例は、ほかになかったのではなかろうか。
以这种经历当上董事的例子,是不曾有过的吧。
いずれにせよ、部長たちはほっとし、各部門の運営はすべて能率的な回転となった。
不管如何,部长们放下心来,各部门的运营一切都高效率地运转起来。
この昇進ぶりを見て、まねを試みようと考える社員が、ないでもなかった。化けの皮
看到这样提升的情况,想要模仿的职员也不是没有,
しかし、平凡な人間にできるものではない。
但那不是凡夫俗子都能做到的,
苦痛でもあり、すぐに化けの皮がはげる
既痛苦,又会马上被拆穿画皮。
・はげる(剥げる):表面をおおっていた物や付着していた物がとれて離れる。はがれる。
・化けの皮がはげる(はがれる):真相・素性など包み隠している外見が現れる。
彼のごとき、生まれつきの聖人でなければむりなのだ。
不是像他那样的生来的圣人是难以办到的。

~ごとき

「~ごとき」:~のような

かくして問題は取締役会にしわ寄せされた。

かくして問題は取締役会しわ寄せされた。
这样一来,问题影响到董事会来了。
・しわ寄せ(皺寄せ):あることの結果生じた矛盾や不利な条件を未解決のまま他に押し付けること。
・(例)「不況のしわ寄せを受けて倒産する」「経営陣の無茶な計画のしわ寄せが社員に及ぶ」
前例のない若い役員なのに、それが一番の非能率なのだ。

是从没有过先例的年轻董事,可却又是最最没有效率的人。長い会議

いちいち、かんでふくめるように説明してやらねばならず、それはさらにくだらぬ次の質問となって返ってくる。
必须对他一一详尽解释说明,接下来便是无价值的提问。
・かんでふくめる(噛んで含める):よくわかるように丁寧に言い聞かせる。(噛んで柔らかくして子供の口に含ませる意から)
その合間に、この社に勤めていることへの感謝の辞がはさまり、会議はとめどなく長引くのだ。
还见缝插针地加进对在这公司工作的感谢之辞,会议被没完没了地拖长。
・とめど(止め処):〈多く「止めど(も)なく」の形で〉、とどまるところ。とめるべきところ。際限。
・(例)「とめどなくしゃべり続ける」「とめどもなく涙があふれる」

それが悪意にもとづくものだったら……

それが悪意にもとづくものだったら扱いは簡単だが、表裏のない愛社精神の発露となると、どうしたらいいのだ。
如果那是带有恶意的话处理起来就简单了,但如果是表里一致的热爱公司精神的表露的话,如何是好?
・発露:心の中の事柄が行動・態度・表情などにあらわれること。「善意の発露からの行為」
批判の口火を切ることはだれにもできない。
点燃批判的导火线的事谁也做不出来,
・口火を切る(慣):最初に物事を行ってきっかけを作る。「話の口火を切る」
(口火:点火のためにつけておく小さな火)
残された道はただひとつ。祭り上げだ。すなわち、社長へ。
剩下的路只有一条-抬高,也就是抬成社长。

新しい社長が生まれた。

新しい社長が生まれた。社内すべてにとっていい社長といえた。社長となる
新社长产生了。可以说对社内的一切来说都是个好社长。
社員たちが連絡を取ってひそかにお膳立てをし、社長はそれに判を押すだけ。
职员们互相联系悄悄做好准备工作,社长只在上面盖章就行了。
・お膳立て:①食事の準備をすること。→②すぐ始められるように、またうまく事がはこぶように準備をする。「会議のお膳立てをする」
あとは公式的な行事に出て、公式的なことをやるだけ。
剩下仅仅就是出席形式上的活动,做形式上的事务。
社内はすっきりと満足すべき状態となった。
社内达到彻底满足的状态,
祭り上げられる人物が、それにふさわしい地位におさまったのだから。
因为被抬高的人物,升到了与其相适应的地位了。

企業を悪用して私利をはかる心配もなく、……

企業を悪用して私利をはかる心配もなく、人柄は穏やか、仕事の邪魔にもならない。
不必担心他会利用企业谋求私利,人品稳当,不会给工作造成损害。
・私利:自分だけの利益。「私利私欲」図る:意図する。
・(類)私腹を肥やす
社員からの反感もまったくない。
来自员工的反感一点也没有。
しかし、彼にとってはその逆だった。飾りのお人形と化しては、なんにもすることがなくなった。無気力になる
但对他来说却正相反。变成了装饰用的人偶,要做的事什么也没有。
・お飾り:名目だけで実権のないもの。「うちの会長はお飾りにすぎない」
とめどなく湧き出る愛社精神をもてあました。気力のもってき場がないような、気力が失われていくような……。
无法打发不断涌出的热爱公司精神。像是没有发泄精力的场所那样,像是精力在不断丧失那样……
・もてあます(持て余す):うまく扱うことができなくて困る。手に負えなくて困る。「駄々っ子を持て余す」「暇を持て余す」
・気力:ある物事を行おうとする精神力。「最後までやり遂げる気力がなくなる」「無気力」

その憂鬱さは高まる一方。呆然と社に……

その憂鬱さは高まる一方。呆然と社にやってきて、ロボットのごとく書類に判を押し、あとは新聞も見ず、ただ沈みこんだままという毎日。
这种忧郁却不断地增加,每天呆呆地来到公司,像机器人一样在文件上盖章。然后报纸也不看,只是消沉地呆在那里。
・沈み込む:すっかり気が滅入る。
そして、ある日、彼は発作的に社長室の窓から飛びおりた。飛び降りる
于是,有一天,他发作性地从社长室的窗子跳了下去。
・発作的:突然激しい症状が起こるさま。「発作的な痙攣」→突然ある行動を起こすさま。「発作的な犯行」
五階であり、もちろん地上に達するとともに死んだ。
是五楼,当然落到地面上就死。
・ともに(共に):①一緒に。「友だちと共に旅行に行く」→②「…と共に」の形で。「…と同時に」「卒業とともに結婚する」「雪解けとともに増水する」
 
つづきます。

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