日本語マスターに古典文法は不要??
「古典文法なんて、昔の日本語でしょう? 今、勉強する必要があるの?」そう思っている人も多いかもしれません。ところが、私たちが毎日使っている日本語の中には、昔の文法がたくさん残っています。
例えば、「過ぎ去りし青春」という表現。この「し」は、何でしょうか。実は、古典文法を知っていれば簡単に説明できます。今回は、ことわざや決まり文句から、今も生きている古典文法を7つ紹介しましょう。
①「過ぎ去りし青春」―過去の助動詞「き」
「過ぎ去りし青春」は「過ぎ去った青春」という意味です。この「し」は、過去の助動詞「き」が形を変えたものです。古典では、「き」は過去を表し、後ろの名詞を説明するとき「し」という形になります。
- 過ぎ去りし青春=過ぎ去った青春
- 選ばれし者=選ばれた者
唱歌『故郷』にも、こんな歌詞があります。
「兎追ひし かの山、小鮒釣りし かの川」
この二つの「し」も、同じです。

②「知らぬが仏」―打消しの助動詞「ず」
・「知らぬが仏」
知らなければ心配したり怒ったりせず、穏やかでいられるという意味です。ここでの「ぬ」は「ない」の意味です。古典文法では、打消しを表す助動詞「ず」です。この「ず」は、後ろの言葉を修飾するとき「ぬ」という形になります。
- 知らぬが仏=知らないほうがよい
- 言わぬが花=言わないほうがよい
今でも「知らぬ」「言わぬ」という形を使いますね。
③「初心忘るべからず」―助動詞「べし」
・「初心忘るべからず」
世阿弥の言葉として有名です。初めのころの気持ちや経験を忘れてはいけない、という教えです。この「べからず」は、二つの助動詞からできています。
べから(「べし」の未然形)+ず(打消し)
「べし」は、当然・命令などの意味を表す古典の助動詞です。「べからず」は、今も禁止を表すときによく使います。
- 立ち入るべからず
- 関係者以外入るべからず
「入ってはいけません」より、強く厳しい感じがしますね。

④「あるべき姿」―「べし」の連体形「べき」
「教師のあるべき姿」「社会のあるべき姿」。
これらは、今もよく使う表現です。この「べき」は、先ほどの助動詞「べし」の連体形です。連体形とは、後ろの名詞を説明するときの形です。
- あるべき姿
- 守るべき約束
- なすべきこと
「当然そうするのがよい」「そうするのが適切だ」という意味を表します。つまり、「べからず」と「べき」は、もともと同じ助動詞「べし」から生まれた形なのです。
⑤「急がば回れ」―昔の「ば」
・「急がば回れ」
急ぐときほど、安全で確実な方法を選んだほうがよいという意味です。現代語では「急ぐならば回れ」となります。古典では、動詞の未然形に「ば」が付くと、「もし〜ならば」という意味になります。
急が(未然形)+ば=急ぐならば
現代語の「急げば」とは、形が違います。古典の「ば」は、付く形によって意味が変わるのです。

⑥「待てど暮らせど」―逆接の助詞「ど」
「待てど暮らせど、返事が来ない」。
長い時間待っているのに、返事が来ないという意味です。ここでの「ど」は、「〜ても」という意味を表します。
- 待て+ど=待っても
- 暮らせ+ど=日々を過ごしても
古典では、動詞の已然形に「ど」が付きます。この「ど」は助動詞ではなく、接続助詞です。
⑦「美しき日々」―昔の形容詞
・「美しき日々」「若き日の思い出」。
少し文学的で、美しい響きがありますね。現代語なら「美しい日々」「若い日の思い出」です。昔の形容詞は、名詞を修飾するとき、今とは違う形を使いました。
- 美しき日々=美しい日々
- 若き日=若い日
- 懐かしき故郷=懐かしい故郷
ここでの「き」は、①で紹介した過去の助動詞「き」とは関係ありません。昔の形容詞の活用によって生まれた形です。

まとめ―現代語の中に古典文法が生きている!
今回の7つの表現をまとめてみましょう。
| 現代に残る表現 | 古典文法のポイント |
|---|---|
| 過ぎ去りし青春 | 過去の助動詞「き」→「し」 |
| 知らぬが仏 | 打消しの助動詞「ず」→「ぬ」 |
| 初心忘るべからず | 助動詞「べし」+「ず」 |
| あるべき姿 | 助動詞「べし」→「べき」 |
| 急がば回れ | 未然形+「ば」 |
| 待てど暮らせど | 已然形+「ど」 |
| 美しき日々 | 形容詞の連体形「き」 |
古典文法は、昔の文章を読むためだけのものではありません。今の日本語にも、古典の言葉や文法がたくさん残っています。古典を学ぶことは、今の日本語をもっと深く理解することにもつながります。
古典の勉強もあなどるべからず、です。
以上です。




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