河姆渡でわたしは考えた。

河姆渡文化の神様essay

こちらの続きです。

七千年のロマン、河姆渡遺跡へ。
憧れていたというとちょっと大げさかもしれません。ずっと行きたかった余姚の河姆渡遺跡を訪れました。南通から寧波へ長距離バスで移動し一泊。二日目満を持して出発です。河姆渡遺跡は寧波の宿から西北西へ約20キロ。地下鉄とバスを乗り継ぎ、例によって、かなり手前から徒歩で目的地を目指します。

大逆転。

少なくとも私にとっては奇跡が起きたとしか思えませんでした。

もうたどり着けないとあきらめていた余姚江の向こう岸から、まぎれもなく私を目指して、小さなボートが向かってくるではありませんか。

よくよく目を凝らして見ると、対岸には船着き場のようなものも見えます。そして自分の立っている場所にも、人こそいないものの、ちゃんとボートを繋ぐ杭が設置されています。要するに河姆渡遺跡にご来場の皆さま、この渡し舟でどうぞということのようでした。(それにしては何の案内書きもありませんでしたが…)

橋がないと渡れないという先入観があったのでしょうか、私には見えるはずのものも見えていなかったのかもしれません。たぶん渡し舟のおじさんは食事にでも出かけていたのでしょう。

ともあれ諦めかけていた河姆渡遺跡へ無事、しかもドラマチックな方法で入場することができました。

河姆渡の渡し舟

渡し舟、ここまで近づいてきて初めて写真を撮ることを思いつきました。

渡し舟おじさん

神様にみえました!

対岸には、ネットなどでよく見る河姆渡遺跡のシンボルである石を積んだ門があります。おそらく河姆渡遺跡は、この渡し舟を使って入場するルートが正門として設計されていたのではないでしょうか。しかし、実際少なからずいた観光客は、ほとんどが自家用車で、北側の“裏門”から入場しているようでした。

結局、行きも帰りもこの渡し舟に乗っていたのは私一人。ほとんど客のこない場所で待ち続ける渡し舟のおじさんに、ずっとその場にいろというのはかなり酷な話です。

しかし、もし訪問されるなら、多少待たされることを覚悟して、南から河を渡って入場するルートがおすすめです。

河姆渡遺跡見学。

河姆渡の入り口

河姆渡遺跡の入り口

  • 図1:無事対岸に到着して、もといた場所を見る。山の形状が素敵。
  • 図2:河姆渡遺跡と言えばこれ、という特徴ある石の門をくぐって入場します。
  • 図3:少し歩くと遺跡の中心に到着です。

遺跡はこじんまりして、しかもやや寂れた感じ。それがかえって適度なイマジネーションを刺激するといった風情で、私好みでとても楽しめました。

河姆渡遺跡2

建造物遺構(複製?)、高床式倉庫、やはり母は崇拝の対象

小さな博物館もあり、展示物も、多すぎず少なすぎず、ちょうどいい感じです。

河姆渡遺跡博物館

河姆渡遺跡博物館

そして、やはり。背景を含めた風景がいいんです。

河姆渡遺跡ラスト

河姆渡遺跡、ラストシーン

6000年前のおそらく日本人の祖先にあたる人々も、何かの機会に、村から見える特徴的な美しい山々を、ある種の感情を持って眺めたのだろうなあと一人想像しつつ、遺構とその背景の風景を目に焼き付けておきました。

以上、いろいろな偶然が重なり、かろうじて成功をおさめた私の河姆渡遺跡へのプチ冒険旅行でした。

人生は旅である。

人生は旅に似ていると、多くの人が言います。そんなことを改めて言い出すと実に陳腐に響きます。しかし旅にでると必ず、新しい発見や、日常の中でこんがらがった心がほどけるような経験をします。

目標を設定し、目的地にたどり着こうと努力することは大切です。しかし目標を達成することは、偶然の重なりの上に、さらに自分以外の人のおかげによって成し遂げられることがほとんどだということを忘れてはなりません。そのような幸運に恵まれず、目的地にたどり着けなかったとしても、それを失敗とか、なきものにすしようとする必要はまったくありません。むしろ道半ばであきらめざるを得ないことになっても、その過程で見聞きし経験したことを、軽んじず、楽しもうとすることが、充実した人生を送るために大切な心の構えといったものでしょう。心さえ折れることがなければ、意外な勝ちを拾うことだってあるのです。

「本・人・旅」出口治明

ビジネスマンでありながら、学者顔負けの博識であられる出口治明さんは、そこここの著書の中で、このようにおっしゃいます。自分を培い、支え続けているものは「本・人・旅」だと。

同感です。

さまざまな本を読み、さまざまな人に出会い、さまざまな場所を旅すると、世界にはこれほど素晴らしいところがあり、こんなにも素晴らしい人がいるのかと、その広さと豊かさをあらためて実感します。同時に自分の小ささや幼さがよく分かります。「本・人・旅」は私に身の丈を思い知らせ、謙虚であらねばと思わせてくれます。「本・人・旅」は私の人生の道標なのです。

出口治明「本物の教養」から

日本の高度経済成長からバブル崩壊に至る時期を、現役のサラリーマンとして懸命に過ごしてきた私は、「本・人」はともかく、60歳に至るまで旅らしい旅をしていません。

私の世代の日本人は、皆そうだと思います。

幸か不幸か、今は時間がたっぷりあります。

これからは、人様の迷惑にならぬように気をつけながらも、私なりの冒険の旅を続けたいと思っています。

(2019年8月15日)

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