前回( →こちら )の続きです。
その夜、アイは母親からもらった鍋を使って、とびきりおいしい魚の料理を拵えました。鍋の中に、朴の葉を三枚並べて蓋をしてちょっと揺すって、又蓋を開けると―どうでしょう。鍋の中にはカレイが三匹、ちょうどいい具合にこんがりと焼けていたのです。
アイは、焼きたての魚に塩を振り掛けてお皿に乗せて食卓に運びました。料理の上手なお嫁さんが来たことを、アイの夫はただもう喜びました。けれども、お姑さんは箸を動かしながら首を傾げました。
(はて、これはどうしたわけだろう。魚はどこで手に入れたんだろう。たしかに、この娘は鍋一つしか持ってこなかったのに……)
けれども、お嫁さんはそれっきり、鍋を高い戸棚にしまいこんで使おうとしませんでした。
静かで平和な日々が過ぎて行きました。山ではふくろうが鳴き、鳩が鳴き、きつねが鳴きました。そんな動物たちの声をアイは聞き分けることができるようになりました。朝は早く起きて水を汲み、昼は畑を耕し、夜は機織をして、毎日せっせと働いて、春が過ぎて行きました。
ところが、その年の夏は雨が多く肌寒く、めったに晴れる日はありませんでした。そのために秋になっても山の木の実は実らず、丹精した畑の作物も腐ってゆきました。おそろしい飢饉がやって来たのです。
長いあいだアイの一家は、乏しい食べ物で食いつないできましたが、とうとう細い薩摩芋が一本しか残らなくなった時に、お姑さんは青い顔をしてアイに言いました。「いつかの魚の料理を作ってもらえないかねえ。もう食べ物はなんにもなくなってしまった」その目は、あの鍋の秘密をちゃんと見抜いているように思われました。アイは頷きました。こんな時には海の神様も許してくれると思ったのです。アイは家の外へ出て行くと、木の葉を三枚とって来て鍋に並べました。それから蓋をしてちょっと揺すって、また蓋を開けると鍋の中には、すずきが三匹じゅうじゅうと焼けていました。それを三枚のお皿に取り分けながら、アイは真っ青な秋の海を思い浮かべました。アイは自分達のために命を捨ててくれた三匹の魚にそっと手を合わせました。
とびきりおいしい魚の料理を拵えました…
「作る」と「拵える」
魚はどこで手に入れたんだろう。
「手」を使う表現
名詞
形容詞・動詞
手を~
手に~、手が~
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