旅の備忘録 26冬 台南Ⅳ

鄭成功記念公園正門

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鹿耳門へ

 昨日は、歩数が3万歩を越えてしまった。初めての街では、歩き回るのも悪くないが、さすがに3万歩は多すぎた。今日はタクシーで動くことにした。中国のDIDIに当たるものが55688というらしく、アプリを入れて早速利用。このアプリは、行先を入力しなくても来てくれる。お客にやさしいシステムと言える。逆に私のように変に気をつかってしまう人間には、近場では呼びづらくなる。
 以上、出かける前にフロントで聞いた。ここではどんなことでもフロントで聞くと、ていねいに、しかも日本語で教えてくれるのでありがたい。外国にいる気がしなくなる。
 10時ホテル前からタクシーで、昨日生きそこねた鹿耳門天后宮へ向かう。帰りのタクシーが捕まるか心配だったが、天后宮の近くのセブンイレブンで店員さんに頼んだら呼んでくれる、ということもホテルでおしえてくれた。きっとそういう質問にも慣れているのだろう。

巨大な鹿耳門天后宮

鹿耳門聖母廟

鹿耳門聖母廟正門

 天后宮の巨大青鬼像30分弱で鹿耳門天后宮(門には鹿耳門聖母廟とある、ここでは天后宮で通す)に到着。昨日、ゼーランディア城中心に、文字通り“右往左往”した感覚からいくと、本当かと疑いたくなるほどあっけなく着いてしまう。だったら、昨日からバスなど使わずに、タクシーで移動しておればよかったかと後悔したかというと、私の場合、そうでもない。
 行きたいところに、少し苦労してたどり着く。すると意外な発見もする。そういう旅の楽しみ方のほうが好きなのだ。

 さて、鹿耳門天后宮である。ひたすら「でかい」。台湾で最も大きい廟とのこと。昨日、ゼーランディア城から見えたのはここに間違いない。
 ここは見るからに新しい建物で、ほかに旧鹿耳門天后宮というのもあるようだ。
 門を入った左右に20メートルはあろうかという巨大な閻魔大王風の像がある。上(写真の緑の像)は千里眼、左は赤鬼風で順風をかなえる神、要は公開の安全を守る神様。廟内を、ぐるっと一周したが、ここには鄭成功にまつわるものは見られなかった。

鹿耳門天后宮、メインの建築物

鹿耳門天后宮、メインの建築物(本殿と言ってよいのか?)

海の方へ

 ただ、この場所からは海、あるいは海を感じさせるものは見えない。もう一歩、海の方へ向かい、水のある風景をみてみたい。そう思った。
 地図上ではここから西へ数キロで、現在の海から鹿耳門への入り口となっている河口に出ることができる。その名も「台湾之門」といい、観光バスなどがよく行く観光地の一つになっているようなことを、昨日確認した。普段なら、軽々と歩いていく自分だが、実は今日は少々腹具合が悪い。長年、腸を患っている。命に別状あるような悪質なやつではないものの、少し調子がおかしい日には、手洗いのない場所に行くのは少し勇気がいる。そういう感じだ。
 どうしたものかと地図を見ていると、比較的近いところ、それでも2キロぐらいはあるだろうか、鄭成功記念公園(スマホ上には鄭成功上陸記念地とみえた)というものがあった。鄭成功は船でこの辺りを通過し進撃したわけで、上陸というのは眉唾物と思えたが、多少なりと海に近く湿地帯の入り口付近にある。
 海への出口まで行くのは次回以降の楽しみとして。今日はとりあえず鄭成功上陸地とやらまで、足を伸ばすことにした。事前に調べたところではないので、何もない可能性もあった。スマホ時代、簡単に面白そうな場所を見つけることができるが、空振りに終わることもよくある。まあ、何もなくてもそれはそれでよい。

鄭成功記念公園

鄭成功記念公園の鄭成功像

鄭成功記念公園の鄭成功像

 その場所には誰もいなかった。しかし何もなかったかというと、むしろ予想以上の立派なものであった。鄭成功記念公園と記した立派な門があり(トップの写真がそれ)、中には小学校の運動場ほどもある鄭成功広場的なものがあった。
 公園の中心には、鄭成功像がある。題字は蒋経国が書いている。1977-88年、総統時代のものか。裏へ回ると、「鄭成功復台320周年記念、民國70年」とある。1981年だ。門を入って向かって左には比較的新しい石碑が置かれている。こちらには「鄭成功上陸(登陆)350周年、民國101年」2012年だ。
 鄭成功が、このあたりのを通って台湾に攻め入ったのが1661年、最終的にゼーランディア城を落としてのが1662年のはず。上の記述でいくと、復台が1661年で320周年が1981年、上陸が1662年で350周年が2012年、ということになるが、なんとなく逆のような気もした。これは後で調べておこう。

鄭成功復台350周年記念碑

鄭成功復台350周年記念碑

 他に、民族英雄鄭成功上陸記念碑と四方に書かれた10メートルぐらいの塔状の記念碑もあった。記述はなかったが、これも上陸何十周年かに設置されたものにちがいないと思った。
 そういう意味では復台でも上陸でもかまわないが、370周年、380周年とか節目節目になにかのモニュメントを残していただけたらありがたいのに、と部外者ながら思った。

西へ

 ところで――。下の話で恐縮。
幸い、この公園にはトイレも設置されていたので使わせていただいた。
安心して公園の裏から出て少し西の方へ歩いた。一辺、数百メートルの矩形の池が並び、道は幅5メートル程度の広めのあぜ道のように続いていた。人の気配に馴れていないのか、歩いてゆくと、サギやそのたさまざまな種類の鳥たちが、驚いたように飛び立ってゆく。そんな道がずっと続いていた。
 曇ってはいたが、空気はさわやかな初夏の心地よさである。
かつて、この場所を二万五千人の兵士を乗せた数百隻の鄭成功軍の戦船が進んでいったのだ。そんな景色を写真に納め、厦門、平戸、台南と続いた鄭成功を追う旅は、とりあえず一区切りとした。

鹿耳門から厦門の方角を見る

鹿耳門から厦門の方角を見る

つづきます。

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