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集美学村へ
厦門最終日、厦門島を出て集美学村を訪ねることにした。”美が集まる”で”集美”、中国っぽくない地名は、”チーメイ”という現地語に漢字をあてたものらしい。”コカ・コーラ”を”可口可楽”と書くようなものだ。

WELCOME TO XIAMEN ECONOMIC ZONE
ホテル最寄りの鎮海路駅から地下鉄一号線一本で集美学村駅まで約三十分。厦門島を出る時、この地下鉄は海の上を走る。
橋を渡りきったところに、集美学村駅がある。「学村」というのは日本でいえば「学園都市」といった意味になる。
駅を降りたところに、”WELCOME TO XIAMEN ECONOMIC ZONE”の看板がある。厦門島に渡ってゆく車から見える位置に設置されているようである。いかにも80年代に作られたという雰囲気の代物である。深圳などとともに中国初の経済特区となった厦門にとって、歴史的、記念碑的意味のある看板だろう。ぜひ後代まで保存してほしいものだ。看板付近で釣り糸を垂れる人がたむろしているのが、おもしろかった。
陳嘉庚(チン・カガク)というひと

厦門中学とドラゴンボート池
ひとつ道路を渡ると、その名のとおり学園都市が広がる。小さな池があり、そのほとりに美しい校舎がたっている。池はドラゴンボート池、校舎は厦門中学である。
昨日見た、厦門大学に負けず劣らず、というより、更に美しい。
どちらも創設者は同じ、陳嘉庚(チン・カガク)という、集美学村出身の華僑である。
陳嘉庚(1874₋1961年)は日本ではあまり知られていない。が、中国では”華僑の鏡”と言われ、最も成功した華僑の一人と言われているらしい。
17歳の時、シンガポールに渡り、いくつもの事業を成功させた。最終的にゴム農園事業で富を築き、シンガポール、マレーシアの「ゴム王」となった。
陳嘉庚は事業で得たその富を、故郷の教育事業につぎ込み、厦門小学校、厦門中学校、集美大学、そして厦門大学その他教育機関を創設したという。
陳嘉庚旧宅、厦門小学校、集美大学、陳嘉庚墓地
歩いてみれば、ここ集美は、陳嘉庚一色の街である。ピカピカに整備された陳嘉庚旧宅の前には、归来堂(帰来堂)という、道教寺院のような建物があり、陳嘉庚その人が祀られている。人々が遊ぶ海岸は嘉庚公園といい、公園の隣には海に向かって抗日解放記念碑に接するように陳嘉庚の墓がある。

左上から帰来堂の陳嘉庚像、集美小学校、集美大学、陳嘉庚の墓(後方は解放記念塔)
集美大学にも行ってみた。小学校、中学校とは異なり門が開いており、門衛さんもいたので、入門できるかと一応聞いてみたが、冬休み中の一般公開はやってないとのことだった。小さい丸顔の門衛さん、私が日本人とわかったようで、
”日本人更不让进”(日本人はもっとだめだよ)
と笑いながらいう。
前も書いたが、こうやって、半分は本気かもしれないが、半分は冗談ぽく笑い飛ばしてくれる中国人には、悪い印象は持たない。逆説的だが、この門衛さんにとって、日中関係は歴史の中の出来事であるか、まったく関心のないことなのだ。
大社
陳嘉庚より古い時代の集美にふれることができる場所も見つかった。
「大社」方面とだけある案内板があった。細い路地を通って進んでゆくと、道は細くなってゆくが、人通りは逆に増えてゆく。いろんな店が小道のわきに並び、やがて賑わいのある小さな広場にたどり着く。中心に道教の廟がある。以前、泉州で見た街角の庶民の生活のイメージと重なる。
観光客も多いが、地元の人々も多いようだ。こういう場所には、統制のにおいが感じられない。庶民の集まる街、というか。適度な無秩序さがちょうど心地よい。私の心の中の台湾のイメージ、そして少年の頃の故郷のイメージに重なる。
中国人の方はどう思うのかわからないが、こういう、上からの力が感じられない、庶民だけで形成された活気ある場所、というのが好きである。
文化とはこういうもの、人々が集まって自然発生的に作り上げるものだろう。そして、自分の日常とは違う、その土地土地の人々の日常の生活を、覗き見したような気分に浸れるのが、旅の醍醐味ではないか。
少し大きな話になるが、文化が上記のようなものであるのに対し、文明は、逆に大きな力や権力が作りあげるものだ。優れた文明は、人々の生活を豊かにする。文明は伝播力があり、高いところから低いところへ流れてゆき普遍化される。文化が固有のものであるのと正反対だ。
しかし、文明は人々の心を動かすものではない。だから、人々は文明をできるかぎり利用しようとするが、文明に支配されたいとは思わない。そして自分の文化を大切に守りたいと思う。
福建省は、かつて中国の中で最も貧しい省の一つであった。かつて、北方の戦乱を逃れ、新天地を見つけようとする客家が、独自文化を築いた。客家を含むであろう福建の人達は世界各国に散らばり、華僑として生きる道を探った。ある華僑はビジネスの機会をとらえ成功し、故郷に錦を飾り故郷に富と文明をもたらした。
改革開放政策により、外国企業を迎え入れ、進んだ技術を採り入れる窓口となり経済的にも発展し、今では中国の中でもベストテンに入るのではないかという、豊かな省となった。
厦門やその周辺のいくつかの地域には、人を富ませる文明を感じさせる地域と、人の心を豊かにする文化を感じられる地域とが、完全にまじりあうことなく、モザイクのように組み合わさっている。厦門の旅のおわりに、そんなことを思った。
おわり
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