日本語教育における「尊敬語」について
相手を持ち上げて敬う「尊敬語」は日本人にとっても難しいものです。ただ日本語を使うときに敬語は避けて通ることのできないものですから、初級段階からどんどん使ってマスターしてほしいものになります。
通常、動詞の尊敬表現については、以下の3種があると説明します。
- ①「いらっしゃいます」(「行く、来る、居る」の尊敬語)のように「特別」な形をとるもの
- ②「お帰りになる」のように「お~になる」の形になるもの
- ③「帰られる」のように「~れる、~られる」の形になるもの
そして
「お~になります」について
まず代表的なテキストにおける「お~になります」の導入方法(学習者が最初にその表現に接する機会)についてご紹介します。
- 1.課長は 帰られました。
- 2.社長は お帰りに なりました。
みんなの日本語第49課〔文型〕
- ワン:「どんな音楽をお聴きになりますか?」
- 西川:「よくクラシックを聴きます。ワンさんはクラシックをお聴きになりますか?」
「できる日本語」初中級第7課〔チャレンジ〕
- けさ、学校へ来る途中、村松先生にお会いしました。村松先生は毎朝六時ごろお目覚めになります。起きられてから新聞をお読みになったり、ラジオをお聴きになったりいますが、…
- 新編日語 重排本2 第11課「敬語」
いきなり新出単語の「目覚める」を使った「お目覚めになる」が出てきます。学習者はすでに「起きる」という言葉を知っているので「お~になる」の形の「お起きになる」との関連はどうなるのかという疑問が当然出てきます。(「お起きになる」も正用法の一つではないかと思います。)
着る | ×お着になる | 〇お召しになる |
着る | ×お着になる | 〇お召しになる |
起きる | △お起きになる | 〇お目覚めになる |
という関係性が考えられます。「お着になる」が、何となく言いにくく聞き取りにくいように「おおきになる」も誤解を招きそうな音の並びであるため、代用動詞の「目覚める」の方に移行しつつあるのではないかということが考えられます。
「お~になります」の「~」に一音節動詞は使えないというルール
以上のように言うと「着る」と「起きる」は本質的に違う。「着る」のような連用形が一音節の動詞はそもそも「お~になる」の形式には使えないのでは、という意見が出そうです。しかしこのルールについては「一音節がそもそも使えない」わけではなく長い年月の間に「使わなくなっていった」と見る方が正しいようなのです。
以下、近代文学の中に現れた尊敬動詞表現の例です。
②「お~になります」から①特別形への移行
以上のように考えていくと、尊敬動詞というのは「いらっしゃいます」のような①特別形という敬意の高い表現があり、2番目の言い方として「お~になります」、3番目に「~れる、~られる」というものではなく、
まず②「お~になります」が基本としてあり、その中で言いにくいあるいは聞きとりにくいなどの理由で特別な形を必要としてものが①「特別形」と移行していった、のではないかという考え方もできるような気がします。
「お~になります」の形で使えないもの、使いにくいものの例を以下に挙げておきます。
×②「お~になる」の形 | ①特別な形 | |
行く | お行きになる | いらっしゃる |
来る | お来になる | いらっしゃる |
居る | お居になる | いらっしゃる |
する | おしになる | なさる |
着る | お着になる | お召しになる |
見る | お見になる | ご覧になる |
寝る | お寝になる | お休みになる |
言う | お言いになる | おっしゃる |
要る | お要りになる | ご入用になる |
死ぬ | お死にになる | お亡くなりになる |
「お食べになる」は誤用?
「お食べになる」も誤用とされています。が、理由は上表の動詞のように「言いにくい、聞きにくい」というものではなく「食べる」という動詞の由来が本来「食う(くう)」の謙譲語である「たぶ」であるということによります。
つまり謙譲語である「食べる」を「お~になります」という尊敬表現に当てはめるという矛盾した組み合わせとなってしまうということが理由になっています。
×②「お~になる」の形 | ①特別な形 | |
食べる | お食べになる | 召し上がる |
(以上、「日本語の難問」宮腰賢(宝島社)などを参考にさせていただきました)
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