尊敬表現「お~になります」について

「お~になります」japanese

日本語教育における「尊敬語」について

 相手を持ち上げて敬う「尊敬語」は日本人にとっても難しいものです。ただ日本語を使うときに敬語は避けて通ることのできないものですから、初級段階からどんどん使ってマスターしてほしいものになります。

 通常、動詞の尊敬表現については、以下の3種があると説明します。

  • ①「いらっしゃいます」(「行く、来る、居る」の尊敬語)のように「特別」な形をとるもの
  • ②「お帰りになる」のように「お~になる」の形になるもの
  • ③「帰られる」のように「~れる、~られる」の形になるもの

そして

③→②→①の順に敬意が高くなる
と続けます。これはこれで間違いではないのですが、最近②「お~になります」形式の言い方について調べていて、おもしろいことに気がつきましたので以下に書いてみます。

「お~になります」について

 まず代表的なテキストにおける「お~になります」の導入方法(学習者が最初にその表現に接する機会)についてご紹介します。

  • 1.課長は 帰られました。
  • 2.社長は お帰りに なりました。

   みんなの日本語第49課〔文型〕

 課長、社長という高さの異なる役職を出して②「お~になる」型と③「~れる、られる」型の敬意の違いを認識させるオーソドックスな文例でスタートします。この愚直なまでのオーソドックスさが「みんなの日本語」の特徴であり、長く日本語テキストとしてロングセラーを続けている理由でもあります。
これが「できる日本語」になると、
  • ワン:「どんな音楽をお聴きになりますか?」
    できる日本語初中級第7課から

    できる日本語初中級第7課から

  • 西川:「よくクラシックを聴きます。ワンさんはクラシックをお聴きになりますか?」

「できる日本語」初中級第7課〔チャレンジ〕

 と「お聴きになります」という同じ表現を、初対面で若者から年長者へ向かって言うだけでなく、年長者から若者に対しても使わせていることで、敬語の使われる状況を実例で示しています。
学習者にとっては意外な盲点でもあり、この導入方法もなかなかよく考えられていると感心させられます。
そして中国の代表的テキストである「新編日語」はかなり”挑戦的”といえます。
  • けさ、学校へ来る途中、村松先生にお会いしました。村松先生は毎朝六時ごろお目覚めになります。起きられてから新聞をお読みになったり、ラジオをお聴きになったりいますが、…
  • 新編日語 重排本2 第11課「敬語」 
村松先生

村松先生


 いきなり新出単語の「目覚める」を使った「お目覚めになる」が出てきます。学習者はすでに「起きる」という言葉を知っているので「お~になる」の形の「お起きになる」との関連はどうなるのかという疑問が当然出てきます。(「お起きになる」も正用法の一つではないかと思います。)
 先ほど、挑戦的と言いましたがこのレベルからのスタートというのは、学習者にとって挑戦的であると同時に、教師にとっても挑戦的なのです。
 日本語を勉強されている学生さんなら、いちど皆さんの日本語の先生に「お目覚めになる」と「お起きになる」の違いについて質問してみてください。きっと人によって回答は異なるでしょう。
 私が今回思いついた理由は
「お目覚めになる」は「①特別な形」になる過渡期にある
のでは?ということです。ちょっと説明が必要です。たとえば「着る」という言葉の尊敬表現を考えると、
着る×お着になる〇お召しになる
「お着になる」は現代では完全に誤用です。代替動詞としての「召す」を使った「お召しになる」が「①特別な形」の尊敬動詞として定着しています。つまり、
着る×お着になる〇お召しになる
起きる△お起きになる〇お目覚めになる

という関係性が考えられます。「お着になる」が、何となく言いにくく聞き取りにくいように「おおきになる」も誤解を招きそうな音の並びであるため、代用動詞の「目覚める」の方に移行しつつあるのではないかということが考えられます。

「お~になります」の「~」に一音節動詞は使えないというルール

 以上のように言うと「着る」と「起きる」は本質的に違う。「着る」のような連用形が一音節の動詞はそもそも「お~になる」の形式には使えないのでは、という意見が出そうです。しかしこのルールについては「一音節がそもそも使えない」わけではなく長い年月の間に「使わなくなっていった」と見る方が正しいようなのです。

以下、近代文学の中に現れた尊敬動詞表現の例です。

「えゝ、珍しくフロックコートをお着になって—随分御迷惑でせう。朝から晩迄ですから」     夏目漱石 『三四郎』から
「淑子は?」と又祖母が云った。                           「淑っ子ちゃんだけ残ったの」「どうしてさ」                      「…みんな帰ると言うとお父様が何だか嫌な顔をおしになるの。」                 志賀直哉『和解』から
いちばん下の妹が、顔を寄せて赤児の匂いを嗅ぐような事をしいると不意に、       「慧子ちゃんお死にになっていい匂いがしたわ」とそんなことを言い出した。        志賀直哉『和解』から
 このように100年程度前には、連用形が一音節である「着る」「する」が「お~になる」の形式で使われているのです。発音しにくいためか、今ではほぼ「お亡くなりになる」という特別形にかわった「お死にになる」も使われています。

②「お~になります」から①特別形への移行

 以上のように考えていくと、尊敬動詞というのは「いらっしゃいます」のような①特別形という敬意の高い表現があり、2番目の言い方として「お~になります」、3番目に「~れる、~られる」というものではなく、

 まず②「お~になります」が基本としてあり、その中で言いにくいあるいは聞きとりにくいなどの理由で特別な形を必要としてものが①「特別形」と移行していった、のではないかという考え方もできるような気がします。

 「お~になります」の形で使えないもの、使いにくいものの例を以下に挙げておきます。

 ×②「お~になる」の形①特別な形
行くお行きになるいらっしゃる
来るお来になるいらっしゃる
居るお居になるいらっしゃる
するおしになるなさる
着るお着になるお召しになる
見るお見になるご覧になる
寝るお寝になるお休みになる
言うお言いになるおっしゃる
要るお要りになるご入用になる
死ぬお死にになるお亡くなりになる

「お食べになる」は誤用?

 「お食べになる」も誤用とされています。が、理由は上表の動詞のように「言いにくい、聞きにくい」というものではなく「食べる」という動詞の由来が本来「食う(くう)」の謙譲語である「たぶ」であるということによります。

 つまり謙譲語である「食べる」を「お~になります」という尊敬表現に当てはめるという矛盾した組み合わせとなってしまうということが理由になっています。

 ×②「お~になる」の形①特別な形
食べるお食べになる召し上がる

(以上、「日本語の難問」宮腰賢(宝島社)などを参考にさせていただきました)

 

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