とりたて助詞すごいぜ!

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シャボン玉(野口雨情)

 日本人なら誰でも口ずさんだことのある「シャボン玉」という童謡があります。明治の代表的な童謡作詞家野口雨情(のぐちうじょう)という人の作品です。こんな風に始まります。

シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ 屋根まで飛んで こわれて消えた             「シャボン玉」作詞:野口雨情、作曲:中山晋平

(音楽は「Uta-Net.com」から引用させていただきました)

屋根まで飛んだ(格助詞「まで」)

 シャボン玉で遊んだことのない人はいないでしょう。シャボン玉が風に乗って高く舞い上がり屋根まで届きそうになった情景が目に浮かぶようです。そしてどことなく哀愁のただよう歌詞ですね。

屋根まで飛んだシャボン玉

屋根まで飛んだシャボン玉

屋根まで飛んだ(とりたて助詞「まで」)

 しかし「屋根まで飛んだ」というフレーズを単独で見た場合、もう一つの解釈が可能なことがわかりますか。

 「強い風が吹いていろんなものが飛んだ。帽子も飛んで、洗濯物も飛んだ。あげくの果てに屋根まで飛んだ。」という場合も「屋根まで飛んだ」です。

屋根まで飛んだ(まで=とりたて助詞)

屋根まで飛んだ(まで=とりたて助詞)

 この時の「まで」は、強い風で「飛ぶもの」っていっぱいあるよね。その中で「いちばん飛びそうにない屋根」というものを「取り立て」ることで「いかに風が強いか」ということを表す効果があります。

 このような助詞を「とりたて助詞」といいます。

 とりたて助詞には上記のような性質、つまり「同類の他の事項を背景にして、その中のあるものをとりたてる(pick upする)」という性質から、以下の特徴を持っています。

 とりたて助詞を使った文は「文外のなんらかの情報がわかる」
 のです。

とりたて助詞「も」「だけ」「さえ」

 たとえば「王さんが来た」という格助詞を使った文は「王さんが来た」という情報を表すだけですが、「王さんも来た」「王さんだけ来た」「王さんさえ来た」という文なら、文外の情報として以下のような意味が読み取れるでしょう。

 文外の意味
王さん来た王さん以外の人が来た。
王さんだけ来た王さん以外の人は来ていない。
王さんさえ来た王さんがいちばん来そうもない人であった。
 とりたて助詞を使った文は、しばしばここに示したような「文外の意味の方が重要」である場合が多いので注意が必要です。
 なかなか難しいですが、日本的な表現形式なので十分理解しておくことが必要です。

代表的な「とりたて助詞」と文外の意味

 「とりたて助詞」文文の意味文外の意味
しか~ない王さんしか合格しなかった。王さんが合格した。他の人は合格しなかった。
ばかり王さんばかり得をしている。王さんが得をする。他の人は得をしない。
王さん合格した。王さんが合格した。他の人は合格していない可能性がある。
なら王さんなら合格するでしょう。王さんは合格するでしょう。他の人は合格するとは限らない。
こそ王さんこそ班長にふさわしい王さんが班長にふさわしい他ならぬこれが私の欲しいものだ。
だって王さんだって間違える。王さんが間違える。王さんはほとんど間違えない。
すら王さんは「あいうえお」すら忘れた。王さんは「あいうえお」を忘れた。王さんは日本語をほとんど忘れた。

格助詞は日本語の必須成分で最も大切。しかし、とりたて助詞も日本語がにほんごらしくあるために重要な役割を演じるけっこうすごい存在なのです。

 

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