私の転職の話も長~い

俺の話は長い
马彬彬さんは常熟理工学院卒業、上海の大学院で翻訳を専攻されました。卒業後もずっと「日本語でメシを食う」仕事を続けておられます。磨きをかけた日本語で、年初から新たな職場で活躍しておられます。今回、キャリアアップのための転職活動について書いていただきました。

プロフィール

 みなさま、こんにちは。馬です。常熟理工学院日本語学科卒業。大学院は上海大学日本語MTI翻訳学科(MTI:Master of translation and interpreting)に所属していました。私を一言でいうと「スーパー日本語マニア」。2019年に医薬品分野のコンサルティング会社に就職。医薬品製造所のGMP実地調査の専門通訳、翻訳、事務などの仕事をしていました。2021年の年末から転職活動を開始し、今年(2022年)の一月、上海のある日系医療機器関係会社で働き始めました。

私と日本語

桜 私の大好きなことの一つは、日本語、特に日本語を話すことだ。

 大学時代は、日本語を話すことにはまっていた。日本語漬けの生活だったので、日本語でひとり言を言ったり、寝言まで日本語で言ったりしていたようだ。日本語を勉強しているというより、好きな日本語を趣味として楽しく勉強していたのだ。好きなことに没頭できる幸せな生活を続けるため大学卒業後も上海の大学の大学院に進学し、日本語翻訳・通訳を専攻した。

 大学に入った時、周囲からよく聞かれた。

 「日本語学科?就職は大丈夫?」多分、外国語専攻の人は、みんな多少同じような質問をされたことがあるだろう。

常熟理工学院

常熟理工学院

外国語専攻生の進路

 外国語専攻の人の選ぶ職業は、大体3種類に分かれると思う。

 一つ目は、外国語を学問として研究・教授する職業である。例えば、研究員、大学の教師、外国語を教える小中高、大学、塾の教師などが挙げられる。

 二つ目は、「外国語+○○(専門分野)+○○(職種)」が求められる職種である。例えば、総務(行政)、人事、秘書、営業、購買、マーケティング、登録申請、アナウンサーなどがある。その場合、外国語は専門知識というより、ツールである。つまり「ツールとしての日本語+専門知識」が必要となる。

将来 そして三つ目が専門の「通訳者・翻訳者」の道である。これは二つ目の日本語を使って別の専門の仕事をするということとは実は本質的に違う。「日本語そのもので勝負」しなければならない。いわゆる「日本語でメシを食う」道である。通訳者・翻訳者には、レベルの高い日本語能力が必須であり、それが達成されているという前提でプラスアルファの法律、文学、IT、政治、医学など、何かの専門分野における日本語運用能力が必要となる。車の両輪としての「日本語+専門知識」が必要であり、どちらかが足りなければ、上級の通訳者・翻訳者になるのは難しいだろう。

 大学院で通訳の勉強と練習を積み重ねた結果、自然に将来的にはプロの通訳者の道を選びたいと思うようになった。

プロの通訳者を目指す

 しかし、そうやってプロの通訳者を目指し、新卒就職活動の時期を迎えた私は、一つ重要なことに気づいた。

 かつての就職市場と比べ、最近の就職市場では、「専門通訳」の需要に「断層」現象が現れている。「断層」というのはこういうことだ。

通訳者 つまり、IT/医学/機械/政治等の専門逐次/同時通訳、董事長専用通訳など、経験豊富ないわゆる「上級通訳者」の需要はいまだに多く、賃金も高いが、残念ながらそれに対応できる人材は少ない。

 一方で、語学専攻の新卒向けの一般通訳者のニーズは逆に大幅に減ってしまっている。そして賃金も低い。参考として調べてみたが、2021年の上海の新卒の平均初月給は7200元(税込み)で、日系企業での「部門通訳/部門アシスタント」の給料は6000-6500元前後(税込み)と平均より低い。さらに、学部卒業生と大学院卒業生の給料の差は、500-1000元ぐらいで、院生だからといって、それほど優遇されるわけではない。会社で通訳として働こうという新卒の現状は厳しい。もちろん、他にも政府機関の通訳者(公務員)とフリーランスなどの選択肢もあるが、門戸は限定的だ。

一般通訳のニーズは減少

なぜ一般通訳者のニーズが大幅に減ったか。その原因を考えてみた。

  • 日本留学経験のある人材が増えた。また一般社員の日本語レベルが高くなり、社内コミュニケーションにおける通訳者へのニーズが減少。
  • 会社側は、日本人出向者の中国語訓練に力を入れ、さらに長期滞在者が増えたこともあり、在中日本人の中国語レベルが上がり通訳者へのニーズが減少。
  • 中国人も日本人も英語のレベルが上がり、特に専門分野でのコミュニケーションが英語で行われ、日中通訳者へのニーズが減少。

 しかも、

 一般通訳者の職種は、単なる通訳者というより、「助理(アシスタント)」と呼ばれる場合が多い。すなわち、その仕事の内容が文字通り、通訳以外にアシスタントとしての事務の仕事が多い。つまり、通訳は仕事の一部でしかない。一般通訳として仕事がしたい人は、通訳以外の多少つまらない事務の仕事に耐えられるかどうかについても、あらかじめ考えておかないと後悔することになるだろう。

転職を考えたきっかけ

 私の場合、大学卒業後、最初に就いた仕事は、日本からの出張者が中国に来て、実地調査を実施するときの同行通訳が主な仕事だった。しかし、コロナ禍で日本人が来る機会が激減し、通訳の業務量がほぼゼロになってしまった。その後、かなりの間、日本語とは関係のない事務の仕事を続けたため、だんだんやり甲斐を感じなくなったということが、転職を決心した肝心な要素の一つだった。

 また、多くの一般通訳者が「部門助理(アシスタント)」という立場になると思うが、この職種は、将来的に専門職・管理職にコース転換しない限り、昇進・昇給のチャンス・余地があまり多くない。そのためキャリアアップにつながらないということも大切なポイントである。

仕事さがし

 新卒の頃、前もってこういった調査とそれなりの準備を十分にしなかったため、就職活動を続けてはじめて現実に気づいた。まだ上級通訳者として食べていけるぐらいのレベルになっていない段階で、もし、通訳を職業とすることが生計を立てるのに難しければ、ほかに何がしたいのか?何ができるのかと自分に問いかけた。なかなか自分なりの答えを見つけ出すことができないでいた。

ドラマ「俺の話は長い」

日本のドラマの「俺の話は長い」の中に、

「好きなことが見つからなかったら、嫌じゃないことから始めてみたら?」

という名セリフがある。

「俺の話は長い」から

「俺の話は長い」から

 通訳以外に、好きなことが見つからなかった当時の私も、同じような状況に面していた。そのため、就職の方向性を通訳から、日本語能力が必要で嫌じゃない仕事に変えざるを得なかった。応募した会社と職種がバラバラで、内定をくれた会社はなかった。今、その時期を振り替えてみれば、当時、色々と苦労した私は本当に甘かったし無防備だった。

 だから、転職を決心した時には、今度こそ同じミスを繰り返さないように可能な限りの分析と準備をしておこうと思った。

転職準備は自己分析から

 転職活動のために、自分なりに主に以下のような分析を行った。

なぜ現状ではダメなのか?

 最初に整理したのは転職の理由だった。前文でも触れたが、当時の私は通訳実践のチャンスが大幅に減り、事務の仕事が多くだんだん遣り甲斐を感じなくなっていた。このままでは日本語による業務能力のスキル向上や、専門知識の蓄積が難しいと判断した。

 そのほか、仕事場の環境が比較的閉鎖的な面があり、人と協同して仕事をすることがほとんどないため、ストレスが溜まり続けていた。現状分析は面白くない作業だが、

やめる理由が整理できれば、それらを避ける仕事と環境を優先的に求めることができる。

やりたいことは何か?

 次に、従事したい仕事を改めて考える。これまでの通訳者・事務担当の業務内容は、専門職の方々のために医薬品のGMP品質管理や登録申請管理関係の仕事をサポートであった。医薬品のGMP品質管理などの知識と用語を多く吸収し、個別のプロジェクトに参加することで、知らず知らずのうちに医薬分野の仕事にも興味が湧いてきて、自分もそのような専門職にあこがれを抱くようになった。

 日本語通訳以外に興味がなかった私にとって、これは大きな変化だ。そのため、やる気が沸き上がった今こそ、次のステージに踏み切るべきだとも思った。

MBTI職業人格テスト

 一方、興味のある分野であっても、その仕事が本当に自分に向いている仕事なのか不安だった。この不安解消のために「MBTI職業人格テスト」という性格検査のツールを活用した。このテストは、世界45カ国以上で活用されており、国内の大手企業や外資系企業が正式面接の前に、応募者の性格と仕事との適合性を判断する手段としても応用されているものだ。

MBTIテスト

MBTIテスト

 MBTIテストでは、テスト結果の四つの「心理機能」が組み合わされる。それぞれ「優勢」、「補助」、「代替」と「劣勢」機能と呼ばれ、その人の発達度合いにより配列される。すなわち、自分の性格の中で、非常に得意、少し得意、少し苦手、非常に苦手な部分を明らかにする。

 通常、第一と第二の機能をよく働かせ、また第二と第三の機能を成長させる仕事は、その人の強みを生かすこともできれば、不足なところを成長させることもできる場合が多いという。一方、仕事で第四の機能をよく働かせる者は、大抵の場合嫌悪を感じ、否定的な感情や良くない影響が現れる。

 性格検査のテストでは自分の性格をより客観的に分析することができる。私の場合、自分が医薬品関連分野の品質管理、申請管理の仕事に魅了されたことに少し不思議に思ったが、テストで示された結果は、確かにコンプライアンス関連の監査員、管理者などの仕事が、私の性格に向いている仕事の一つだという結果になり、自信を得ることができた。

自己の「強み」の棚卸し

 上記のことを済ませたら、もう一つ考えないといけない重要なことがある。それは、今の自分のできること、すなわち、持っている能力、優位性、長所などをできるだけ多くリストアップすることだ。これらを整理し履歴書に組み入れることではじめて、就活への道が正式に切り開かれる。

 人それぞれのやり方があると思うが、私の場合、まずは今まで最も達成感を得た仕事、好評された仕事とは何かを考えることから着手した。次に、最も多く知識を蓄積し、経験を積み上げたことを考える。さらに、まだそれほど経験はないが、できる自信のあることを考え出す。

 こういう時は、ネガティブシンキングやコンプレックスを全部捨てて、思い切って自分を褒めることが大事だ。私自身は、以前自分に厳しすぎるところがあり、期待値が高すぎて、なかなか自分のことをよく評価できなかった傾向があり、客観な自己分析ができなかった。今になって思うが、

自分自身を心から肯定しなければ、ほかの人にも高く評価されないだろう。

 ここまで書いた分析のミッションを一つずつクリアすれば、履歴書作成や面接対応などが比較的楽になると思う。

参考として履歴書作成の際に私が重要だと思ったことを以下に整理してみた。

〔履歴書作成で大切なこと〕

  • 誠実に書く。
  • 日本語版と中国語版両方を用意する。
  • 日本語版はできれば日本の履歴書様式を使う。
  • 中国語版では、冒頭で自己PRを書く。
  • 前文で挙げた各分析の結果を生かし、仕事経験、自己PRの内容を充実させる。
  • 関係性の高さでアピールしたい内容を順番に並べ、関係性の低い・ない内容を下のほうに、或いは省いたほうがいい。
  • 書いたすべての内容につき、面接での回答案を前もって準備する。
  • 会社と職種によって、それぞれのバージョンを作成する。
  • 出す前に周りの人に確認してもらい、修正意見を聞く。
  • 毎回面接が終わった後に、履歴書を見直し、改善できることがあるかを考える。
  • 就活アプリを活用し、履歴書をアップロードする。キーワード機能をうまく利用し、ヘッドハンターの力を借りる。

などである。

次に面接の際の注意事項だ。

〔面接対策で大切なこと〕

  • よく聞かれる質問を必ず準備しておく。例えば:自己紹介;仕事内容;成功経験;失敗経験;応募理由;離職理由;将来計画;強み;弱み;面接官への質問等。
  • スーツを着る。
  • 自信にあふれるスマイルと相づちを心がける。
  • 面接官の目を見て回答する。
  • 真摯に対応する。
  • 毎回の面接が終わった後に、よくできたところとできなかったところをまとめる。

などである。

面接

ヘッドハンティング会社の活用

 現在、ヘッドハンティング市場がとても発達している。人材募集の効率化を図るために、会社側は自社に直接応募してきた者の履歴書をいちいち確認して候補者を選出するより、ヘッドハンティング会社に適格性の高い応募者の選出を依頼する場合が多い。

 そのため、プロのヘッドハンターは、ネットに搭載されていない会社の応募情報をたくさん持っている。それに、ヘッドハンターは応募会社の面接の仕方、質問内容などにも詳しいので、参考になる高度なアドバイスを提供してくれる。これは、転職だけでなく新卒の就活でも活用できると思う。

私の就活アクション

 上に分析や準備について述べたが、私自身これらを順序立てて進めていったというわけでもない。実際は手順に従って要件がすべてそろってから就活を始めたわけではない。大抵の場合、思考がまとまっていない状態で、失敗も挫折もある中で試行錯誤を繰り返し随時調整しながらやっていたように思う。

 真剣に履歴書を準備し始めたのは、2021年の12月の中旬の頃だった。一か月間を経て、最終的に品質管理職が一社、登録申請担当職が一社、合わせて2つの日系企業から内定をもらった。

内定後

 採用が決まった時に、会社側に私を採用した理由を聞いてみた。成功の理由は主に二点だった。

 一つ目の理由はずばり日本語能力である。それを聞いて、日本語マニアでよかったと思った(笑)。

 もう一つは、面接のときに、仕事経験の紹介などを聞いて、勉強熱心なところチャレンジ精神旺盛であると判断され、専門職に従事できると判断していただけたようだ。チャレンジということについて、以前日本の密蔵院住職の名取芳彦氏の著作『気にしない練習』の中にあった言葉を大切にしている。

「大きくなろうと少し無理をすることで、私たちの心は大きくなっていく。」

「私達の心は伸縮性を持っている。たまに落ち込んで縮こまることもあるが、チャレンジ精神を発揮して現在の自分より大きくなろうとする。」らしい。「すこし」「無理をする」という組合せはとても素晴らしいと思う。無理しすぎてはいけない。でも、まったく無理をしないのもよくない。 

 各個人にとって「すこし」のちょうどいい度合いは、失敗と成功の経験を積み重ねていく過程で次第にわかってくることだろう。何より大事なのは変化を恐れず一歩を踏み出し、まずやってみるということだと思う。

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就活、その後

 先日、一度はプロの通訳者になることをやめたのかと聞かれた。決してあきらめたのではないと答えた。今は日本語の腕を磨きながら、それ以外の能力、知識と経験をできるだけ蓄積していきたいと思っている。受け身にならないように、選択肢を狭めるのではなく自らより多く可能性を作っておきたい。

 色々と書いたが、これらの内容は、読む側から見ると大した「発見」はないかもしれない。なぜなら、同様のことはこれまで他からも言われたことがあるはずだ。しかし、私自身は、就活で迷って悩んでいた頃、誰かがこうやって経験を語ってくれればよかったなぁと心底思っていた。

「俺の話は長い」の中に、姪の春海は、主人公の満に、

「どうして人生の大事なことに限って、誰も教えてくれないんだろう」

と聞いた。満は、「たまに教えてくれる人もいるんだけど、聞いてるときはそんな大事なことって気づかないもんでさ。大抵のことは、傷ついて覚えるしかないんだよ」と答えた。

「俺の話は長い」から2

 教科書に書かれた重要知識点のように、これまで何度も目にしていても現実の世界での試験では答えられないことが多い。そして点数をなくしてはじめてその重要さがわかるというものだ。

 この私の長い転職の話を読んでくれてありがとう。この先いつかあなたが「あ、そういえば、その時に読んだ先輩の書いた文章の中にもあったなぁ」と思って戻ってきてくれればそれで十分だと思う。

 

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