過去を表す助動詞「た」について

「た」

過去を表す助動詞「た」?何それ?

 日本語を勉強している外国人の方には過去を表す助動詞「た」といってもピンとこないでしょう。動詞を初めて習う時、過去形は以下のような形式で出てきます。

 非過去形過去形
肯定形行きます行きまし
否定形行きません行きませんでし

  日本人が学校で習う「国文法」と違って、第二外国語として勉強する学習者の習う「日本語文法」は細かい品詞分解などせず、上の黄色い部分のような「まとまり」で考えるので助動詞「た」の解説など教科書には出てきませんね。

 ただ中級、上級と進むにつれて「日本語文法」だけでは処理しきれない「た」の意味が出てくるのも事実。今回は「国文法」の観点から「た」の意味を総合的に考えてみましょう。

「た」の意味は6つ

 先般、「バイト敬語、よろしかったでしょうか?」の記事の中で新明解国語辞典、三省堂国語辞典の「た」の項の語釈をご紹介しました。

 今回、もっとスッキリした「た」の説明を発見しました。

尾上圭介「文法と意味」における「た」の解説

 

 尾上圭介著「文法と意味Ⅰ」による分類です。(以下はYouTube「ゆる言語学ラジオ」#90)の内容を全面的に参考にさせていただきました。

(ちなみに「ゆる言語学ラジオ」は日本語教師および上級の学生の皆さんには超おススメです。閲覧可能なネット環境の人はぜひ見てみてください。)

 以下のような分類です。

過去 昨日、映画を見た。
完了 今、試験が終わった。
単なる状態 とがった鉛筆は折れやすい。
確言Ⅰ.事態の獲得わかった。よし、覚えた。
Ⅱ.見通しの獲得よし、これで勝った。これであいつは死んだ。
Ⅲ.発見あった!バスが来た!
Ⅳ.決定よし、買った!ええい、やめた!
想起 君、確かタバコ吸ったよね?
要求 どいたどいた!

 6分類すなわち「過去」「完了」「単なる状態」「確言」「想起」「要求」の6つで、「確言」がさらに「事態の獲得」「見通しの獲得」「発見」「決定」の4つに分かれています。

 なんだ、これでは国語辞典の語釈とほぼ同じか、あるいはさらにややこしくしただけではないかとお思いかもしれませんが、続きがあります。もう少しがまんしてください。

「た」の3分類

 尾上圭介先生は上の6分類を以下の赤、緑、青で色分けした3つの大分類としました。さてこの3分類の基準は何でしょう?少し考えてみてください。

過去 昨日、映画を見た。
完了 今、試験が終わった。
単なる状態 とがった鉛筆は折れやすい。
確言Ⅰ.事態の獲得わかった。よし、覚えた。
Ⅱ.見通しの獲得よし、これで勝った。これであいつは死んだ。
Ⅲ.発見あった!バスが来た!
Ⅳ.決定よし、買った!ええい、やめた!
想起 君、確かタバコ吸ったよね?
要求 どいたどいた!

テンス、アスペクト、モダリティ

 少し、横道にそれて文法用語解説をします。

 専門用語で恐縮ですが、テンス、アスペクト、モダリティという言葉があります。言葉としては難しそうですが、語学を勉強したことのある人ならすでに理解している概念だと思います。

 テンスというのは「時制」、つまり言語で表現されていることが、今のことか過去のことか、未来のことかということです。

テンス

 アスペクトというのは、テンスと間違えやすいのですが、「現在」「過去」「未来」というそれぞれのテンスの中での動作がどういう局面を迎えているかということを表します。

アスペクト

 三つ目のモダリティ(modality)というのは上の二つと種類が違って、話し手の気持ち、判断を表すものということです。

 例えば、下の会話例で言えば、赤い部分がテンス、黄色い部分がアスペクト、青がモダリティになります。

  • 「昨日の8時、何してたの?」
  • 「バスで南通に来る途中だった。8時ならちょうど蘇通大橋を渡っているところだったかもね。」

「た」の3分類(機能分類)

 上の「た」の6分類は、今説明したテンス、アスペクト、モダリティで分けると以下のようになります。

テンス過去 昨日、映画を見
アスペクト完了 今、試験が終わっ
単なる状態 とがっ鉛筆は折れやすい。
モダリティ確言Ⅰ.事態の獲得わかっ。よし、覚え
Ⅱ.見通しの獲得よし、これで勝っ。これであいつは死ん
Ⅲ.発見あっ!バスが来
Ⅳ.決定よし、買っ!ええい、やめ
想起 君、確かタバコ吸っよね?
要求 どいどい

 単なる状態というのは、ある動作が終わった結果の状態が継続しているという完了の一種と見ることができます。そして話者の気持ちを表すという観点で「確言」「想起」「要求」の項の例文を見なおしてみると確かに大きくまとまりそうな気がしますね。

「た」の6分類(意味分類)の整理

 以上の前提で最初の意味分類の6つ「過去」「完了」「単なる状態」「確言」「想起」「要求」を再整理します。

「た」の原義は「完了」と「過去」であるとします。「完了」と「過去」というものに「つきまとう気分」「かもし出される雰囲気」というのはそれぞれ「確認」「回想」といっていいですね。

「た」の原義は「完了」と「過去」

「た」の原義は「完了」と「過去」

 そのため、原義の「完了」「過去」の用法から「確認」「回想」の気持ちの入った用法がいくつも派生的に生まれて「確言」「想起」というまとまりを生み出したというのが尾上先生の説です。

「確言」「想起」用法の誕生

「確言」「想起」用法の誕生

 「確言」「想起」用法は、「つきまとう気分」から生まれたのであるから当然モダリティを表します。残った「要求」用法は、例外的な用法として枠外に置いておきます。

 以下が最後のまとめです。

「て」意味上の6分類の位置づけ

「て」意味上の6分類の位置づけ

 なかなか美しい!

 と、私は思いますが、みなさんはどうでしょう。

 

 

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