音象徴(おんしょうちょう)というのは言語学の専門用語、言語中の音そのものが与える印象のことです。
ブーバキキ効果
例えば下の二つのキャラクター、どちらが「ブーバ」でどちらが「キキ」でしょう?
国籍、母語に関わらず、大多数の人が赤い方が「キキ」、青い方が「ブーバ」と答えます。これはドイツの心理学者がずっと以前に発表した研究結果だそうです。
これはブーバ(Bouba)という音、キキ(Kiki)という音そのものがある種の印象を人に与えるということを示しています。
もちろんこういうことは私たちは日常的に経験していることで、日本語のオノマトペはまさによい例、「コンコン」というノックの音は小さくかわいらしいのに、「ゴンゴン」とノックされたらびっくりしてしまいます。
日本語は母音中心言語
日本語の音について。
日本語は「子音+母音」が主な音節の構成になるので、日本語の文章を全部ローマ字で書くとざっくり半分以上が「a,i,u,e,o」つまり「あいうえお」の音になります。つまり、
なのです。
母音はやわらかい音
人間の声は「声帯」が振動することで出ます。声帯の振動はまだ言語になっていません。声帯の振動音を口腔や鼻腔(口や鼻の中)で調節していろんな音(言葉)に変化させるのです。そして
- 子音は咽喉、舌、歯、唇などを使っていったん音をせき止めた後、破裂させたり、こすったりして出す音。
- 母音は声帯の振動音をせき止めることなくそのまま出す音(a,i,u,e,o)
という違いがあります。だから子音に比べて変な加工がされていない分、母音は素直で柔らかい感じを与える音になります。
1年生の時から私の授業を受けている人は、日本語の音の特徴をよりうまく引き出すため、発声練習の時も子音より母音を強調しましょうと、以下のように黒板に書いて練習したのを覚えているかもしれません。
日本語はやはり子音よりも母音を強調して発生した方が柔らかくかつ美しく聞こえると思います。(しかし残念なことに喧嘩には向いていません。)
「あ、い、う、え、お」の違い
物理的な違い
母音について。
では声帯音をさえぎることなく出すのになぜ「あ、い、う、え、お」5つの音が言い分けられるのでしょう?それは子音のように完全に止めはしなくても、口の中の音の中継点のようなポイントを「舌」で変えているのです。下の図のように声帯音を響かせる場所が違うのです。
「あいうえお」と言ってみてください。下の頂点が上の図のように移動するのが感じられるはずです。
わかりやすく模式的に描きなおすと下のようになります。
印象の違い
響く場所の違いによって「あいうえお」のそれぞれの音は、以下のような印象を与えます。
- い、え:前面に出ていく明るい音
- あ:低い場所から出る安定した音
- お、う:後ろから出る重い音
例文で示すと以下のようになりますね。
- 「いいね!」:誉め言葉なので遠慮なく突き出す感じ。
- 「えー!なんだって?」:はっきり相手に聞こえるように!
- 「あー、わかった!」:感情爆発、明るい気分。
- 「おー、大変。」:気持ち的に大変。(重々しい)
- 「うー!、苦しい!」:自分の身体が大変。(肉体的に苦しい)
演劇では住友銀行より三菱銀行
井上ひさしさんは名文家で小説エッセイも素晴らしいですが、本職は劇作家。もし演劇で実在の銀行名を出すなら絶対三菱銀行。逆に絶対住友銀行にはしないそうです。
音を調べると実はあきらか、
三菱は「I」が四つ、前に押し出せる音です。それに対して住友は「U、O」の引っ込んだ音が三つ。特に最初の音が「U」だと、プロの演者でも劇場の後ろの席には『みとも銀行』としか聞こえないだろうとおっしゃっています。
男心とかかさま
また母音の連続がけっこう多いのも日本語の特質の一つです。例えば
男心は「O」が6つ連続
かかさま(お母さまの古い言い方)は「A」音が4つ。
重い「お」音は男性、明るい「あ」音は女性に適しているようです。
斎藤茂吉の短歌
井上ひさしさんは、斎藤茂吉の次の有名な歌を、日本語の母音の特質をうまく利用した素晴らしい例として挙げておられます。これです。
山形県に降る雨はすべて最上川に流れます。狭い日本の中では雄大な川として知られておりいろんな歌人によまれています。
歌の意味は「強い風のため、最上川の水面には本来の川の流れとは反対向きの白い波がたっている、そのぐらい激しい吹雪の夜になってしまったことだ。」というくらいの意味。井上ひさしさんの解説では、この歌では最初「A」音の連続で最上川の雄大さを歌い、続いて「U」音の連続で、東北の冬のあ厳しさを表現、最後に「AOIEO」全音を使って全体の調和をはかっている、ということになります。
斎藤茂吉が意図的にねらったのかどうかわかりませんが、結果的に名歌として後世に残っているこの歌には、やはりそれなりの見事な構成が隠されているのですね。
さすが日本語!ですねー。
(以上、井上ひさし著「日本語教室」新潮社選書、などを参照しました。)
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