レイアと申します。今回、勝川さんからお誘いがあり、投稿させていただきます。自分自身の経験を南通大学の皆様とシェアさせていただける機会をいただき、とてもありがたいと思っております。ちなみに私は勝川さんと10年以上の親交があります。日本留学時代にはとても心温かい援助をいただきました。この場を借りてお礼を申し上げます。
日本へ交換留学
さて、私は2011年東日本大震災後、交換留学生として日本へ渡航しました。私の長い日本での生活の幕はそうして開きました。
正直言うと、南通大学では優等生だったと思うので、日本に行ってもそれなりに通用するだろうとタカをくくっていました。しかし、結構早い時期からいろんな衝撃を受けて、心落ち着かない日々が続きました。周囲の留学生を見回しても、皆それぞれしっかりしたバックグラウンドを持っている人がほとんどで、そんな人たちと交流するにつけ、世界はこんなに広いんだ!と率直に自分の不勉強を認めざるを得ませんでした。
私はもともと平凡な家庭で育った人間だったので、海外に留学に行くということは、いくら成績が優秀だといっても、想像もしたことがありませんでした。運よく学費免除で日本に留学に行けるというチャンスを掴み、ようやく実現した海外留学です。せっかくだから、中国では体験できないことを体験し、いろんな方面で、さらに研鑽を積まないといけないなとずっと思っていました。
大学院へ進学
自分のがんばりも認めていただいたのか、運にも恵まれ、留学期間の延長が認められ、大学卒業まで日本の交換留学先に残らせていただきました。ここぞとばかり大学院の受験勉強もがんばり、無事大阪市立大学院に合格、大学院へ進学することができました。
私の入った研究科は社会人コースでした。ですから一緒に勉強するのは、社会経験のある人、しかも世界中から集まった学生でした。だから、一緒に研究することはもちろん、話をするだけでも私は大きな舞台に立ったような気分になることができました。大学院2年間の間、教授や同期の仲間達と一緒にフィリピンや、上海へ行き、ビジネスワークショップにも参加しました。
大阪エリアの外国人日本語大会で優勝したこともあります。東京の大手企業では、当時としては破格の一日5千円もらえるインターンシップも経験しました。今大学院の2年間を振り返ってみると、本当に充実した毎日であったと同時に、自分自身が大きく成長した期間でもあったと思っています。
日本で就職、製品開発に携わる
大学院卒業後は建材メーカーに入り、商品開発の仕事に携わりました。文系出身なのに、モノづくりの仕事に従事させていただけたのですが、最初は理解できませんでした。しかし、開発の仕事でも、大学院時代に培ったビジネスシンキングや自分経験に基づくグローバルな考え方が活用できそうだと思い、文系出身でも開発ができると自信をもって取り組むことができました。とはいうものの、なかなか大変ではありました。が、建材メーカーでの仕事経験のおかげで、モノづくりの流れや、仕事のやりかたを勉強できました。
趣味にも全力投球!
仕事の関係で日本の焼き物にも興味を持ちました。私は趣味もとことん追求するほうです。現地の陶芸家の元で本格的に陶芸修行をしています。
もともと体育会系(?)の私ですから、会社の同僚と一緒に登山も良く行きます。白馬岳や常念岳など3000m級の山も仲間たちと日帰りチャレンジをしました。
独立チャレンジ中!
日本での5年目は私にとって大きな節目となりました。中国向けのビジネスをしようと決意し、お世話になった会社を辞めました。自分で独立して仕事を始めたわけですが、模索しながらではありますが、中国のタイルメーカーへの技術コンサルティングの仕事を経、今は建材貿易の新規ビジネスを立ち上げている段階です。
自分や、会社は、大きな宇宙の中ではたった一粒のちっぽけな塵のようなものです。しかし、やりたいこと、やるべきことはいっぱいあります。人生には決まった軌道なんてありません。若いうちに、どんどんチャレンジすればいいのではないでしょうか!
コメント