「私設図書館」日本語教師の小さな夢

京都私設図書館の看板essay

60歳から中国の大学で日本語教師をやって4年、明日から5年目の新学期を迎える。常々若者と付き合っているからなのか、中国という国の雰囲気がそうさせるのかわらないが、常に新しい夢や目標を持ち、一つひとつ実現していきたいと意欲満々である。

京都「私設図書館」の思い出

人生100年時代に向けて

私設図書館入り口

京都銀閣寺道の私設図書館

京都大学の近く、京都市東山区の銀閣寺道に私設図書館という小さな自習室がある。学生時代、近くに下宿していたが、当時はスポーツの方に夢中になっていたせいか、あまり利用したという記憶がない。初めて利用したのはおそらく卒業後、京都の会社に就職し研究者として働き出してからではないかと思う。以来、何か新しいことを始める際、いつも一定期間この私設図書館に通った。そしていつも、私の新しい人生のスタートを手助けしてくれたのである。

一昔前の人生プランといえば、がんばって大学を卒業し、しかるべき会社に入りそのままつつがなく定年を迎え、定年すれば悠々自適というのが多数派ではなかったか。少なくも昭和で仕事人生を終えた私の父の世代まではそうであった。それが徐々に変容し、今や人生100年時代、複数のキャリアを巧みに繋いで長い人生を乗り切ろうというのがモデルになりつつある。

私設図書館と私

私の場合、大学での専攻は高分子化学であった。大学院を出、京都の化学会社の研究者として働いた。学生時代あまり勉学に熱心でなかった反動か、20代後半から30代にかけ会社帰りや休日にこの私設図書館に通いつめ、学生に混じって、学生のように勉強した。結果、どうにかこうにか社会に役立つような成果も出せ、研究者生活を乗り切らせてもらった。

40歳前後を境として企業では研究者としてよりも管理者としての技能が要求されるようになる。90年代の日本企業では、英語、マネジメント、原価計算などが次々と会社員の必須科目になり、理系人間の私はてこずりながらも、なんとか技能の再充填につとめたものである。当時もよく利用した。

私設図書館内部

一人分の席は決して広くはないが、集中できる不思議な空間

中国へ

そして40代も後半に差し掛かり、この先、大きな変化もなく京都の地で一生過ごすのかと思いはじめた折、思いもかけず中国関係の仕事に携わることになる。2000年を過ぎたあたりからの日本企業の中国進出ブーム。それまでの研究開発マネジメントとは全く異なった、貿易実務、中国語の基礎などが新たな技能となり、東京転勤までの短期、若者たちと机を並べ、集中勉強をこなしたのも私設図書館。思い出深いものがある。以後、東京、名古屋、南通、京都と単身赴任生活が続いた。

その後、紆余曲折を経、なんとか無事職業人人生を終えることができた。そして2017年。60歳となった私は中国の南通大学の日本語教師として、いわば第二の人生“を始める。事前に日本語教師養成講座を修了するために、10年ぐらい離れていた私設図書館に通ったのはいうまでもない。

癒されるインテリア

ずっと変わらない、癒されるインテリア

南通からの再スタート 夢をもとう

私設図書館丸い灯り私設図書館を初めて利用した時から数えると、40年近く断続的にこの場所でさまざまな勉強をしてきたことになる。ここは1973年、私と同じ大学の工学部を卒業した方が、企業への就職を蹴り作られたとのこと。誰も大きな声では言わないものの、京都のこの場所に、私設図書館があってよかったと思っている人は多い。

今、私は、私の人生の中で転機やピンチが訪れるたび、それを乗り超える力を与えてくれる“場”を提供してくれた、京都銀閣寺道の私設図書館のような空間を、中国のどこかに作ってから、お世話になった中国を去りたいと考えている。

京都「私設図書館」というライフスタイル
「私設博物館というライフスタイル」という本には、時代を超えて、生き方を模索するすべての人に、爽快で、かつ豪快なる理想的ライフスタイルが示されているように感じられてならない。

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