「下町ロケット」 N君のこと

ロケットbooks

N君は大学時代の友人である。実名で書けば、おそらくその方面では知る人ぞ知るという人であるから、君付けにするのはちょっと失礼ではある。が、大学時代は同じ体育会系の運動クラブに所属し、いわば同じ釜の飯を食った仲間であったから、君付け程度の非礼であれば許してもらえるであろう。

H2-Aロケット彼、N君は、少し前の話になるが、2014年2月28日、種子島宇宙センターからJAXA(宇宙航空研究開発機構)と三菱重工になるH-2Aロケット23号機の打ち上げの際、射場チーム長、つまり現場の責任者として打ち上げを担当し、見事にその任を果たした人である。

20歳になるかならぬかの時代、彼とは下宿で夜遅くまでよく語り合った。驚くべきことであるが、40年近く前、既に彼は、将来は三菱重工に入社し、ロケットを打ち上げるのだと自らの夢を熱く語っていた。むろん同じ大学とはいえ、私などとはレベルの違う秀才ではあったが、それにしても、である。

小学校時代からの学友の中には、著名な政治家として活躍中の者もおり、医師として国際的に認められる成果を上げた者、一部上場企業の社長となった者達もいる。しかし彼のように、学生時代の夢を、そしてその実現には努力だけではない、他の要素が多分に必要な夢をかなえた者、という意味では私の過去の学友を見渡して、N君の右に出るものはいない。

2011年8月、私はすでに54歳であった。転職、というより”転身”を決意し、中国での職場を求め東京に出向いた。採用面接の前日、巣鴨に宿をとった。昼前に到着したので何か読み物をと、駅前でなにげなく手に取った本が「下町ロケット」である。軽い小説なので一晩で読んだ。夢を語る小説であった。そして2012年2月中国江蘇省常熟にある、日本の下町企業の中国法人で仕事をはじめ、私の中国での新たなチャレンジが始まった。

あれから8年以上を経た。いくつかの失敗を経験した。しかしいまだ夢を追って迷走を続けているといってもよい。失敗は宝であると、この年になって思う。

そして失敗を恐れるようになったら、人生は終わりだと思う。

若い頃の夢を、そのまま実現できる才能と幸運に恵まれる者がいる。かたや、齢六十を超えても、何ら世間様に認められるようなことができていない私のような人間もいる。いずれにしても夢を失わないことが肝要ではないか。

あきめたら、そこでゲームセットだ。

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