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本のハート

上海の北方、長江の対岸の都市「南通」で日本語教師をしております。Katsukawaです。どうぞよろしくお願いします。

京都大学の近く、京都市東山区の銀閣寺道に私設図書館という小さな自習室があります。この小さな図書館は私にとっては母校とも言える場所です。学生時代、近所に下宿していたということもあるのですが、この場所は私が何か新しいことを始める際、常にスタート地点になってくれたという意味で、“母校”なのです。

多くの人にとって母校というのは最終学歴を得た教育機関を指します。人は最終学歴で得た技能をもってこの社会に立ち向かっていきます。結果成功を手にするにせよ、失敗し不満足な結果に終わるにせよ、元となる能力は、母校でまとめ上げたものが主たるリソースです。

例えて言えば、「母校とは、一人の人間をある力で、社会のある方向へ発射する装置のようなものだ」といえます。母校は座標軸上の原点であり、そこからベクトルが生じます。初速度と方向が決まり、あとは慣性の法則で飛べるところまで飛んでいくというのが、かつての日本人の優良な人生のモデルでした。

京都私設図書館

京都銀閣寺道の私設図書館

特に理科系の人間の場合は、これがあてはまりやすいかもしれません。私の場合、専攻は高分子化学でした。大学院を出てすぐ、化学会社の研究者として働きました。ただ本当の母校の方で、あまり優等生ではなかったせいか、研究者としては絶えず力の更新が必要でした。20台後半、会社帰りや休日にこの私設図書館に通いつめ、学生時代にもまして勉強し、それなりの成果も出せ、どうにかこうにか人並み以上には研究者生活を乗り切らせていただきました。
35歳前後を境として企業では研究者としてよりも管理者としての技能が要求されるようになります。90年代の日本企業では、英語、マネジメント、原価計算などが次々と必須科目になり、理系人間の私はてこずりながらもなんとかエネルギー再充填につとめました。当時もよくここに来たものです。

記事: 京都「私設図書館」というライフスタイル

そして40代も後半に差し掛かり、この先、大きな変化もなく京都の地で一生過ごすのかと思いはじめた折、思いもかけず中国関係の仕事に携わることになりました。2000年を過ぎたあたりからの中国進出ブームです。それまでの研究開発マネジメントとは全く異なった、貿易実務、中国語の基礎などが新たな技能となり、東京転勤までの短期、若者たちと机を並べ、集中勉強をこなしたのも私設図書館。思い出深いものがあります。

紆余曲折を経ましたが、なんとか無事職業人人生を終えることができました。
そして2017年。中国の南通大学で日本語を教える教師として、いわば第二の人生“を始めました。日本語教師養成講座を修了するために、10年ぶりで図書館に通ったのはいうまでもありません。学生としてこの私設図書館を初めて利用した時から数えると、40年近く断続的にこの場所でさまざまな勉強をしてきたことになります。

この私設図書館は1973年に、私と同じ大学の工学部を卒業した方が、企業への就職を蹴り創られたとのこと。京都のこの場所に、私設図書館があってよかったと思っている人は多いかと思います。当然、私はその中の一人です。長くなってしまいました。最後まで読んでいただいた方に、やや遠慮がちに今の私の夢を申し上げたいと思います。

今私は、私の人生の中で転機やピンチが訪れるたび、それを乗り超える力を与えてくれる“場”となってくれた、銀閣寺道の私設図書館のような空間を、中国のどこかに作りたいと思っています。
このような活動にご興味があり、ご協力いただける方がおられましたら、ぜひご連絡ください。

2021年7月 Katsukawa

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