読解「企業内の聖人」星新一Ⅳ

陰口をたたく男女

「日語総合教程」第六冊 第8課「企業内の聖人」星新一 を読みます。
前回(こちら)の続きです。

 しかし、そこでもいささか変わっていた。酒を飲みながら、会社や上役や同僚の礼賛をやるのだ。酔いというものは、一般に上役やその場にいないやつの陰口を誘発するものだが、その男はそれをしなかった。しないというより、本質的にできないのだ。
 といって、それにいやらしさはなかった。そばに上役がいて、それにお世辞を言うになると、快いものではない。しかし、彼は上役といっしょの時はお世辞を言わず、つまり常識と逆なのだ。

 同僚たちは、上役の棚卸しさかなに酒を飲みたい時には、その男を誘わなかった。別に彼を嫌悪し、仲間はずれにするわけでもない。麻雀のできない者を麻雀に誘わないのと、そこに差はなかった。また、やつを誘わなくても、彼はそれを恨みに持たないだろうとの安心感もあった。

 彼はひとりでバーに行くこともある。その時は、バーの女の子を相手に、会社や上役や同僚たちへのほめ言葉を、酔いとともにとどまることを知らず、しゃべりまくるのだ。心から楽しそうに……。
 酔った時に人間の本性が現れるとすれば、その男の本性はまさに善といえるだろう。あまりに奇妙な酒癖なので、バーの女たちは珍しがり、いつのまにか社の連中にも伝わることとなった。

 となると、彼への陰口はだれも言わなくなった。聖人のごとき人物を根拠もなくけなすと、なにかたたりがありそうではないか。彼の足をひっぱってみようかなどとは、だれも考えなくなる。自分を持ち上げてくれるやつの足をひっぱるなど、いくらなんでもできない。自分は上役の批判をやっているが、彼はやっていない。その当人に、火のないところに煙をでっちあげ、上役にむかっての彼に不利なつげ口はちょっとできない。

 また、かりにそれをやったとしても、どこに彼への同情者がいるかわからない。その上役がそうかもしれない。事実、上役もバーの女から彼が礼賛してくれているとの話を聞き、内心でいい気分になっている。

しかし、そこでもいささか変わっていた。

しかし、そこでもいささか変わっていた。
但在那里也稍稍有些古怪,
・いささか(些か):大した程度ではないが、無視しきれないものであると判断する様子。「その点がいささか心配だ」「いささかも〔=少しも〕」ゆるがせにしない。
酒を飲みながら、会社や上役や同僚の礼賛をやるのだ。
一边喝酒一边对公司、上司、同事大加赞赏。
・礼賛(らいさん):すばらしいもの、ありがたいものとしてほめたたえること。(もともとは仏教用語なので、すこし硬い感じがします。)
酔いというものは、一般に上役やその場にいないやつの陰口を誘発するものだが、その男はそれをしなかった。
一般说来喝醉了的话会带出对上司或不在场的人的坏话。但这个男子没有那么做。
・陰口:その人のいない所で、その人の悪口を言うこと。また、その悪口。
・誘発:ある事柄が引き金となって、他の事柄を引き起こすこと。称賛する男性
しないというより、本質的にできないのだ。
与其说不那么做,不如说本质上就不会。
といって、それにいやらしさはなかった。
但那也不令人讨厌。
・いやらしい(嫌らしい):いかにもいやだという感じがするさま。
・(例)「彼女はいやらしいほど細かいところに気がつく。」
そばに上役がいて、それにお世辞を言うになると、快いものではない。
旁边有上司在,对其进行溜须拍马,是令人不快的事,
・図(ず):①物の形・ありさまをいたもの。②(あまり好まない)光景。ようす。≒ざま。「見られた図ではない」「こんな姿は見られた図ではない」③考えた通り。「計画が図に当たる」「図に乗る」「図星」
しかし、彼は上役といっしょの時はお世辞を言わず、つまり常識と逆なのだ。
但他和上司在一起时也不恭维,也就是说与常识相左。

同僚たちは、上役の棚卸しをさかなに……

同僚たちは、上役の棚卸しさかなに酒を飲みたい時には、その男を誘わなかった。
同事们在为了发泄对上司不满去喝酒时不会请他。
・棚卸し:①決算や整理のため、商品、製品、原材料などを評価すること。→②人の欠点を一つ一つ数え上げて批判すること。
・さかな(肴):酒を飲むときのつまみ。酒のさかな。→②主席に興を添えるための歌や踊り。また、格好の話題。「うわさ話を肴に一杯やる」(さかな=酒菜から)
別に彼を嫌悪し、仲間はずれにするわけでもない。
并不是讨厌他而孤立他。
・なかまはずれ(仲間外れ):仲間に入れないこと。また、仲間からのけ者いされること。
麻雀のできない者を麻雀に誘わないのと、そこに差はなかった。
这与不请不会打麻将的人打麻将没有区别。
また、やつを誘わなくても、彼はそれを恨みに持たないだろうとの安心感もあった。

并且还有一种安心感,因即便不请他,他也不会对此怀恨在心。

彼はひとりでバーに行くこともある。

彼はひとりでバーに行くこともある。バーテンダー
他有时也一个人去酒吧。
その時は、バーの女の子を相手に、会社や上役や同僚たちへのほめ言葉を、酔いとともにとどまることを知らず、しゃべりまくるのだ。
那个时候醉着酒对着酒吧的女孩没完没了地说着夸赞公司、上司及同事的话。
・止まる所を知らない:(慣)いつまでも止まることなく続く。際限がない。「人間の欲望は止まる所を知らない」
・「…まくる」:複合動詞を作る。勢いよくその動作を行う。また、その動作をずと続ける。「書きまくる、買いまくる、喋りまくる、逃げまくる」
心から楽しそうに……。
显出一种从内心发出的快乐。
酔った時に人間の本性が現れるとすれば、その男の本性はまさに善といえるだろう。
如果说醉酒时会显出人的本性,那么这个男子的本性可以说的确是善的。
あまりに奇妙な酒癖なので、バーの女たちは珍しがり、いつのまにか社の連中にも伝わることとなった。
因为是过于奇怪的酒风,酒吧的女孩们感到非常稀奇,不久就传到公司的人那里。
・酒癖:酒に酔った時に現れる癖。口癖:癖のようにすぐ口にする言葉。

となると、彼への陰口はだれも言わなくなった。

となると、彼への陰口はだれも言わなくなった。
这时,谁也不说他的坏话,
・となると:題目を取り立て、それと密接に関連した事態の展開をいう。…となれば。…になると。
・(例)「引っ越しとなると、何やかや準備がいる」「いざとなるとうまく言えない」「ともなると」の形にもなる。「休日ともなると大変な人手だ」
・接続詞的にも使う(ここでの用法):「有罪となった。となると、控訴はしても、前途に楽観的な期待を抱くこともできない」
聖人のごとき人物を根拠もなくけなすと、なにかたたりがありそうではないか。
毫无根据地诋毁圣人一样的人物会遭报应的。
・けなす:悪い点ばかりを取り上げて非難する。くさす。「人の作品をけなす」⇔褒める
・たたり(祟り):①神仏や怨霊がその意に背く人間にもたらす災厄。「触らぬ神に祟りなし」②ある行為の報いとしてこうむる災難。
彼の足をひっぱってみようかなどとは、だれも考えなくなる。
谁都不会考虑给他下绊子。
・足を引っ張る:他人の前進や成功をさまたげる。「景気回復の足を引っ張る」「チームの足を引っ張ってしまった」
自分を持ち上げてくれるやつの足をひっぱるなど、いくらなんでもできない。
对抬举自己的人下绊子之类,无论如何也做不到。
・持ち上げる:①手などで持って物を上へ上げる。→②おだてる。「持ち上げられていい気になる」
・いくらなんでも(幾ら何でも):どのような事情があるとしても。どのような点から考えてみても。「いくらなんでも遅すぎる」「いくらなんでも失礼だ」「いくらなんでもこんな物、食えるかい」
自分は上役の批判をやっているが、彼はやっていない。
自己会对上司进行评论,他不会。
その当人に、火のないところに煙をでっちあげ、上役にむかっての彼に不利なつげ口はちょっとできない。
凭空捏造一些事实,在上司面前搬弄他的是非是做不出来的。
・でっちあげる:事実ではないことを、いかにも本当らしく作り上げる。捏造する。「証拠をでっちあげる」「データをでっちあげる」
・告げ口:人の秘密や過失をこっそり他人告げ知らせる。「先生に告げ口する」

また、かりにそれをやったとしても、……

また、かりにそれをやったとしても、どこに彼への同情者がいるかわからない。
另外,假使这么做了,哪里会有他的同情者也不知道。
その上役がそうかもしれない。
那位上司或许就是。
事実、上役もバーの女から彼が礼賛してくれているとの話を聞き、内心でいい気分になっている。
事实上上司从酒吧女孩处听到夸赞他的话后,也非常高兴。
・内心:表面には出さない気持ち。心のうち。「内心穏やかでない」
 
つづきます。

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