中国5000日(29)あの日見た長江

新開南路から長江を望む

2010年10月

 中国5000日というタイトルは、2011年末から現在(2026年)まで私が中国で暮らした時期のことを書くつもりでつけた。
 ただそれ以前も中国で短期間、生活していた。2010年のことである。私は半年間、中国南通に滞在し駐在員として仕事をした。日本へ帰国する前日の2010年10月末、工場事務所の持ち場から離れ、工場から約300メートル先の堤防のあたりまで歩き、長江を眺めた。

2026年1月

 冬節休暇の一時帰国の前日、ぽっかり半日の空きができた。街歩きにでも行こうかと、行き場を探っていて、ふと思いついた。長く近寄らなかった、かつて勤務した工場の方まで行ってみようと。思い出の場所ではある。

 その工場は長江沿いの経済開発区にある(あった)。行ってみようと思った理由は二つ。建物、設備はかつてのままだが、会社自体は昨年3月にローカル会社に売却され、私の古巣である会社は中国事業からは撤退している、かつての同僚に会う心配はない。二つ目は単なる交通の便が良くなり行きやすくなったこと。距離的には10キロ程度でも長江沿いの開発区、つまり工場地帯へは車がないと行きにくかった。その開発区へも、一昨年開通した地下鉄の終点から歩いて1時間以内といったところで、往復歩けば、よい運動になると思った。

南通経済開発区への道

 昼過ぎに大学構内の宿舎を出る。私は大学の裏門のそばに住んでいる。門を出ると数十メートルで地下鉄一号線の駅、七駅で終点の振兴路に着く。地上に出て快晴の空を改めて見上げる。出かけようと思い立って部屋を出てから25分しかたっていない。
 初めて降りる駅の前は、広い道路と両側の無個性なマンション群以外に、商店らしきものは見えない。開発区の近くの雰囲気は以前と同じだ。元会社まではまだまだ歩くとはいえ、実はこんなに近い場所にいたのだと今更ながら思う。通盛大道とある。開発区にありそうな名前だ。
 住宅が終わり工場が目立ってくる。日系企業のキューピーがある。そして、何かとお世話になり続けてきる大王製紙の広い敷地が広がる。ただし、大王も昨年、その事業の多くの部分を地元企業に売却している。
 運動不足の散歩のつもりでと言ったが、延々と続く一直線の道路は、退屈なだけである。順風満帆の人生もまたしかり。

日本企業の中国ばなれ

 ひたすら歩くと以前はなかった湿地公園に突き当たる。ようやく右折、行き先表示に覚えのある新開南路とある、もうすぐだ。
 ピーク時、南通市の日系企業駐在員は1000人を超えていたという、いまや200人余りという。もはや中国は魅力なく、昨今の日中関係の悪化で増大したチャイナリスクを避け、日系企業の中国離れが加速、といった具合にメディアではニュートラルに、あるいは勇ましい語調で伝えられている。
 が、実際の日本企業は、安価な労働力を頼って中国に現地法人を設立したのはいいが、そのうち技術を丸ごと横取りされ、用無しになって捨てられた。というところが多いのではないか。学ぶものは学びましたのでもう日本人は要りません。極端に言えばそのような扱いを受けている。もちろん、全部ひっくるめて、日本にとって中国進出が良かったか悪かったかは、私の立場ではわからない。
 ただ、かつて20世紀初頭の日本人の一般的な論調は、人件費の安い中国は世界の工場、とはいえ将来は中国の人件費も先進国並みになっていくだろう。メリットはなくなる。その時はまた東南アジアで行けば良い。ぐらいのものだった。日本の製造業の技術面での優位が失われることなどありえないと、考えていたのではなかったか。ともあれ、あまり戦力的とは言えない。その裏で、中国は戦略的な成長戦略をもっていたのではないか。
ノー天気日本、である。

新開南路

 そのようなことを考えながら、歩いていたら、あっという間に元の職場である長江沿いの工場に書いた。すでにローカル企業になっているはずだが、看板はそのまま。ただし稼働している。正門前の道路に荷物を満載したトラックが並んでいる光景も、以前のままだ。

懐かしい工場、看板はそのままだったので写していない

懐かしい工場、看板はそのままだったので写していない

 会社の正門を過ぎ、さらに300メートルほどあるくと、堤防があり、長江が、みえる。船着場があり公安の小さな船が泊っている。左右に積み込み用の波止場ができており、作業中である。
 以前この場所からは。長江がはてしなく広がり、建造物は見えなかった。京都へ帰任する前日、このば場所に初めて来て、川の流れを見たことを覚えている。あの時は、二度と南通、中国に来ることはないと思っていた。

長江、張家港方面

長江、張家港方面

 15年後、同じ場所に立ってる自分だけが、変わっていないような感覚に襲われる。
太陽は左45度、鈍く光っている。

左45°方向

左45°方向

 真正面の視界を遮られているのが、少しうっとうしい。右方で作業中の三機のオレンジ色のクレーンの連続的な音が、うるさくはないが自然の音を消している。間を縫って対岸方面まで視野がひらけている。張家港の方角だろう。その方から吹いているように感じられる風が、頬に当たり気持ちいい。

ゆっくりと、もと来た道を帰る。16時地下鉄で帰路につく。

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