米洗う前(に、で、を)蛍が二つ三つ
江戸時代の偉い俳諧師(俳句を作る人)の弟子のそのまた弟子が、いい俳句が出来たので師匠に見てもらったそうです。
米洗う 前に蛍が 二つ三つ(こめあらう まえにほたるが ふたつみつ)
すると師匠は、これでは蛍が動きが感じられない死んだ蛍のようになってしまうと、書き直しを命じたそうです。
弟子は考えて「に」を「で」に直してみました。
米洗う 前で蛍が 二つ三つ
師匠はこれを見て、確かに蛍に動きは出てきた。しかし、どうも蛍に元気が感じられない。素晴らしい俳句にするためにはもう少し工夫が必要だと言って、再び書き直しを命じました。
弟子はもう一度考え、最後に
米洗う 前を蛍が 二つ三つ
この句を見た、師匠は、よろしい。これで蛍がどこからともなく現れ、すうっと消えていくさまが見えるようになった、「よしよし」と言ったとか。
この有名な話は、日本の小学校で助詞の使い方を勉強するための教材としてもよく使われているものです。
六月を綺麗な風の吹くことよ(正岡子規)
「を」は「空を鳥が飛ぶ」「街道をゆく」など移動を表します。この「を」が効果的に使われた句として正岡子規の「六月を綺麗な風の吹くことよ」と言う句もあります。これについては以下の記事をご参照ください。
場所を表す際の「に」「で」「を」
「に」、「で」、「を」にはさまざまな用法があります。その中で場所を表す時の基本的な意味は「に:到達点」「で:動作場所」「を:移動経路」と覚えましょう。
違いを示す例文 | 典型例文 | ||
に | 到達点 | 公園に行く | 壁に計画表を貼る |
で | 動作場所 | 公園で遊ぶ | 運動場でランニングする |
を | 移動経路 | 公園を横切る | 道路を渡る |
米洗う前(に、で、を、へ)蛍が二つ三つ
上の俳句造りの話には出てきませんが、方向を示す「へ」を使って
米洗う 前へ蛍が 二つ三つ
というのも考えられますね。以上まとめて「に、で、を、へ」のケースのイメージをもう一度わかり易く絵にしてみました。
助詞ひとつでずいぶん印象が変わるものですね。逆に言えばこれほど表現力のある日本語の助詞、ぜひマスターしてほしいものです。以下、助詞の違いによるニュアンスの差をご紹介します。
方向の「へ」と到達点の「に」
- 上海へ行く。
- 上海に行く。
日本人はどちらも使います。ただ「へ」は方向、「に」は到達点を示すので、「へ行く」の方は出発することに、「に行く」の方は到着することに重きをおくという微妙な違いがあります。後続動詞によっては選択性もあります。
- 〇 上海へ出発する。 △ 上海に出発する。
- △ 上海へ到着する。 〇 上海に到着する。 となります。
「信号の前に止まる」と「信号の前で止まる」
「信号の前に止まる」と「信号の前で止まる」は一見同じような意味に思えますが、「に」の表す「到達点」というのは「目標到達点」でもありますので「信号の前に止まる」は何か目的があって止まるような場合にも使えます。
- 信号の前に自動車を駐車してはいけません。
- 歩行者は信号の前で止まってください。
違い | ||
信号の前に止まる | 到達点 | 目的があって止まる(例えば駐車する) |
信号の前で止まる | 動作場所 | 単に止まることだけを示す |
たかが助詞、されど助詞ですね。
以上、NHK知るを楽しむ「日本語のカタチとココロ」金田一秀穂著、などを参考にさせていただきました。
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