皆さん、こんにちは。李悦と申します、どうぞよろしくお願いします。2020年の夏に南通大学日本語学部を卒業しました、今は院生として南通大学で引き続き勉強しています。
日本語学科の落ちこぼれだった1年生の頃
2016年の夏、私は南通大学日本語学部クラス161の一年生になり、ゼロから日本語を学び始めました。過去日本語に接したことはなく、目新しさだけで日本語学科を選んだ私は、クラスメイトの多くが大学に入学した時点ですでに日本語の基礎を持っている事など全然知りませんでした。
初心者の私は「初めまして」の一言すら、すらすらとは言えませんでした。多くの友達は、当時から流行っていた日本のアニメ『ワンピース』や『名探偵コナン』などを見ることも好きで、彼、彼女らは、より鋭い日本語の語感や話し言葉に接していたわけです。すべてが初めてで初心者の私は、少し出遅れていると感じました。
最初のちょっとしたつまずきは、すぐに大きな差となって現れました。やがて私は、皆との格差を感じ、日本語を話す事を避け、皆の前で日本語を話すことを恐れるようになりました。2016年9月27日にWeChatのモーメンツに「もう日本語を聞きたくない!」と書いたのは今でも残っています。
立ち直りのきっかけは友だちの存在
クラスメイトで私の親友でもある陳さんと阚さんは、自信をなくして元気がなくなった私を見て、私にたくさんのことを教えてくれました。たとえ簡単なあいさつの言葉でも、私に付き添って何度も何度も繰り返し、私が覚えるまで一緒に練習してくれました。そして、初心者の目線に立っていろいろとアドバイスしてくれました。
そんな友だちの助けもあって、私はいつしか日本語を話す恥ずかしさもなくなり、壁を乗り越えることができました。
南通大学の先生方
日本語学部の先生方は、それぞれが豊富な教育経験を持っておられて、授業のために多くの材料や知識を提供してくれました。先生方は、学生が勇気を出して日本語を話すことを促してくれるだけではなく、授業で学んだ単語や文章を暗記して書くこと、また全文を暗誦することなどを通じて、私達に日本語の基礎をしっかり作ってくれました。
日本語の授業で、周囲の視線を恐れず発言する練習を何回も繰り返したお陰で、日本語を話す以外でも、人前で話す機会があっても臆せず発言することができるようになりました。
4年生、大学院受験免除へ
大学四年生の時、私は日本語クラス161の班長としてクラスメイト皆のために働きました。学校での授業期間また学校を離れた実習期間においても、突然のコロナ禍の状況にあって、オンラインで皆と連絡を取り合い、161班全体の協力のもとで、班長としての任務を果たすことができました。
そんな中、大学院試験免除の推薦をいただける機会をえることができたのです。それは、かつて2016年、つまり落ちこぼれの1年生だった私にとっては想像もつかなかったことです。大学院入学が決まってからは気持ちもおおらかになり、すがすがしい気持ちで最後の学生生活を過ごすことができました。通い慣れた南通大学で引き続き勉強することが出来ることは、本当にラッキーだったと思っています。
南通大学大学院
ただ、大学院生になってみると、今度は大学院生に対する要望の厳しさに少し驚きました。文献や著作を読み、知識を磨いてそれを、自分の専攻の研究に活かすことが必要です。されにその結果を論文・レポートを書くことの繰り返しです。自分で課題を作り、仮説を立て、考えて解決していくプロセスはとても大変です。
しかし、大学でいろいろな試練に遭遇しそれをなんとか乗り越えていく過程で、私はもう簡単にストレスに負けを認める大学生ではなく、困難に直面しても逃げずに立ち向かえるようになりました。そして、南通大学の大学院では、授業も大学時代の先生がしてくれるので、なじみがあるのでストレスが少なく、先生方もやさしいです。
ただ、今になって痛感することは、大学4年間での授業は学問をするための基礎、つまり準備であって、大学院生の階段で接触する知識、アプローチこそ真の「学問」なのだと思います。教室の中で先生と対応に、日本語言語學、日本文学、歴史、文化等いろいろな分野の課題を自由に討論して、お互いに意見を出し合い議論を進めていくことが、プロフェッショナルな本当の勉強なのだと思います。
日本語の勉強は私に世界を感じるもっと広い視線を、自分の考えを自由に表す勇気を与えくれました。夢は逃げない、逃げるのはいつも自分だと、自らに言い聞かせてこれからもがんばりたいと思っています。みなさんもがんばってください。
以上です。
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