コロナの時代、日本と中国の往来も不自由です。が、アフターコロナをにらんで中国での日本語教師をお考えの方も多くなってきたのでしょうか。
最近よくその関係のお問い合わせを受けるようになりました。以下、私が個人的に経験した範囲のことだけになりますが、中国の日本語教師の仕事についてコメントしておきます。
中国、日本語教師のすすめ
私は2021年現在、中国江蘇省、上海と長江を挟んで隣接する南通市にある南通大学で日本語教師をしております。60歳でこの職に就いて早4年。5年目を迎えています。年が明ければ65歳です。
いろいろな目的で日本語教師を目指されている方がおられると思います。私個人的には50代のサラリーマン、特に50代半ばを越え、人生100年時代に向け、積極的に新しい生き方を探しておられる方々に、海外特に中国の大学での日本語教師の道をお勧めしたいと思います。
そういう生き方があることは知っていたが、教師、しかも海外なんてとてもとても…。具体的に考えたことはないという方に向けて書きます。
以下の順にお話したいと思います。
- 1.中国の大学で日本語教師をする最大のメリット
- 2.中国の大学で日本語教師をするために必要な資格
- 3.生活と待遇
- 4.普通のサラリーマンだった私が日本語教師をやって得たもの
それではよろしくお願いします。
中国の大学で日本語教師をする最大のメリット
54歳定年論
私が第二の人生について具体的に考え始めたのは46歳の時です。私は学生の時の専門が高分子化学であったものですから大学卒業後、長く化学企業の研究所勤めをしていました。
日本企業の中国進出ブームの中、46歳の時、中国工場設立の仕事のため、東京へ転勤を命ぜられました。たまたま、当時の新刊「54歳引退論」(布施克彦著)という本を読み、54歳引退という、やや中途半端な年齢設定にある種、納得いくものがありました。当時の私にはまだまだ先の話ではありましたが、60歳を待たずして、それまでと違う道を選ぶというのも、これからの長寿時代一つのおもしろい方法だという気持ちが芽生えました。
なぜ54歳かというのは、著者の布施克彦さんによると、「50歳前半では、会社での仕事のケリがつけられない、60歳スタートでは再スタートの活力が落ちる」ということです。
その年代を既に通り過ぎた私は「正にその通り!」と思ってしまいます。
しがみつかず、自ら飛び出せ
最近も「45歳定年制」なる議論がありますね。何のかんの言っても、組織の中では、ほんの一握りの人材を除けば、45歳以上の中高年は給与に見合う仕事ができないのです。そして悪く言えばお荷物になる可能性があります。(もちろん統計的に全体を見れば、ということです、あなたのことではもちろんありません。統計的に見れば東京大学の学生は京都大学の学生より偏差値が高い、統計的に見れば男性は女性より力が強い、という論法と同じです。)
人間50代になれば、今後60歳65歳と年を重ねていった時のことに思いを馳せ、結果的にどういう選択をするにしろ、今のままのキャリアを続けるべきか、あるいは全く新しい世界で再スタートした方が良いのか、一度自分の仕事人生や能力を棚卸してみるのは必要なことだと思います。
そしてもし、今後年を重ねるごとに自分の組織内での役割が増していく可能性が客観的にみて相当強いなら、やはり今の会社、組織にとどまるべきでしょう。しかし、逆に組織から自分への役割期待がどこかの時点で、例えば50歳半ばぐらいでピークアウトし、その後はある意味「下り坂」ということになることが予想されるなら、迷わず次のキャリアへの助走を始めるべきだと、私は思います。
基本、教師という職業は息が長い
私は結果的に55歳で、長く勤めた元の会社を辞め、紆余曲折を経て60歳から専業の日本語教師になりました。
ただ最近の中国では「60歳以上の人間は新たに日本語教師として原則的に採用しない」という方針があります。もし本当に中国での日本語教師という職業に就くなら55歳~59歳の間が確実でしょう。そしていったん教師になってしまえば、つまり実績を持つと、健康上の問題など、働く上での問題がない限り、特に年齢の制限なく更新を続けられるのが普通なのです。
ですから本人さえ元気であれば、いくら高齢であっても、窓際の閑職に追いやられることもなく、たとえば70歳を超えても働き続けられます。
そして大切なことは、教師というものは、とりわけ中国では、年齢経験を積めば積むほど良いと考えられていることです。母国語を教える語学教師であれば特にそうです、例えば、常に新しい学説を導入し知識を更新するため、ある意味、若い体力も必要な他の学問とは異なるのです。
ですからこの段のテーマであるシニア人材が中国で日本語教師をすることの最大のメリットとは
ということだと思います。
日本語教師をするための要件(必要資格など)
もちろん誰でも今すぐ日本語教師になれるわけではありません。
4年生の大学を卒業していることが前提で、その上に資格要件があります。実際には思い立ってから、赴任まで最低1年間程度の準備期間が必要だと思ってください。資格要件は以下の1~3のうちのどれか一つプラス4です。
- 1.日本語関連学科を卒業、または大学で日本語教育プログラムを選択して修了。
- 2.「日本語教育能力検定試験」に合格。
- 3.文化庁認定の「日本語教師養成講座(420時間)」を修了。
- 4.年齢に関する制限
日本語関連学科を卒業または大学での日本語教育プログラムを履修済み
1.の方法、つまり日本語がもともと専門というなら、即赴任可能ですが、少数派だと思います。実際は以下に説明する2.3.のいずれかを選択し資格証書をもらう人がほとんどです。
日本語教育能力試験合格
2.の検定試験は毎年10月にある日本語教育能力試験に合格しなければなりません。最低3カ月程度は本格的に準備しないと合格は難しいと言われています。
いちばんお金のかからない方法ではあるのですが、試験に必ず合格できるとは限らないことと、実地訓練をせず筆記試験のみで教壇に立つことになるので、ペーパードライバーのようにやや危なっかしいところもあります。
私は独学好きなところがあるので、かつて英語の勉強でもお世話になったアルク社の「NAFL日本語教師養成プログラム」で試験対策を始めたのですが、結局試験時期に現業の仕事が忙しくなり、高い受験料まで無駄にしてしまった経験があります。
ただこのNAFLプログラムの教材は実によくできています。当時は気がつかなかったのですが、通常の教科書と異なり、内容がそのまま現場の授業で教案として使えるというタイプのもので、私は授業準備用の参考書として今も重宝しています。
理論重視派で計画的に試験を受けられる人にはこちら、つまり能力試験資格を目指されてもいいかもしれません。(この教育能力試験、次の3.の420時間養成講座は、いわば理論と実践のよう関係で、補完的な関係にあります。両方取得している方がいいし、実際そういう方も多くおられます。)
文化庁認定の「日本語教師養成講座(420時間)」を修了
3.はいわゆる日本語教師養成学校に通って420時間の養成講座を修了するというコース。一定時間の訓練をすれば必ず証書がもらえます。自動車免許を取得するようなものだと思ってくださいお。私は最終的にこの養成講座に会社につとめながら通い、修了しました。けっこう早く終えた方ですが、それでも6カ月要しました。
個人的には養成学校がお勧めです。なぜかとういうと(1)同じ志の仲間がいて、いろいろと情報交換できること、そして養成講座の最大のメリットは(2)養成学校の持つ就職情報が豊富で国内、国外問わず就職が容易、だからです。養成講座は学費がかかりますが、教育訓練給付制度が適応可能でで、修了すればある程度はお金が戻ってきます。
まずは説明会にでも行って見られることをお勧めします。実際の私のタイムスケジュールは手帳メモを調べると以下のようでした。
- 2010年11月6日ヒューマンアカデミー説明会参加(53歳)
- 2010年11月13日アークアカデミー説明会参加
- 2010年12月23日京都KEC日本語学校説明会参加
- 2011年1月8日京都KEC入学
- 2011年6月26日京都KEC修了(54歳)
- 2012年1月31日退職(55歳)
- 2012年2月4日中国へ(日系企業総経理として赴任)(55歳)
養成学校は場所で選びました。しかし最近は大手ヒューマンアカデミーでは通学しなくてもよいオンラインコースもあるようです。コロナのおかげとも言えますね。
年齢制限
4.年齢制限は原則応募時60歳未満の大学が多いです。なかには55歳までとしているところもあります。反面少数ですが60歳以上でも大丈夫というところもあります。
ちなみに私は60歳になってから今の大学で働き始めました。いちおう60歳未満がルールの大学でしたが、そのあたりは多少”中国的”な部分もあります。あまり堅苦しく考えなくてもよいかもしれません。
(もう60歳を過ぎてしまっているが中国での教師職をお考えという方、「問い合わせ欄」からご連絡いただければ、現地情報お知らせします。)
仕事、生活、待遇など
仕事(=授業)
仕事は原則、授業をするだけです。
南通大学では外国籍教師(外教)の授業は1週間に3日~5日(週休4日~5日)、10コマ~16コマ(1コマ40分)の授業をします。(学期によって違います)。
実働7時間~10時間/週ということになりますが、日本語を教えるとはいえ多少は授業準備の時間も必要です。残りの時間は基本的に自由ということになります。
日本を離れるということ
実際、これが大きな問題という方もおられると思います。
私の実感として、意外と海外に住んでいるという感覚がありません。今のコロナ期は別としてけっこう帰国できるチャンスがあります。
授業があるのは、前期後期の学期中のみです。夏休みは7月~8月の2か月、冬休みは1月~2月の2か月、中国は新年は春節なので1月1日は学期中で帰国できないという大学もあるようですが、私の大学では日本人は早めに補講などして12月中に試験まで終えてしまえば、年末に帰国し、日本で正月を迎えることもできます。あと、国慶節休みに10日前後の連休となります。
年間最低3回、それも2か月+2か月+10日間、日本で生活することができます。私はその他の連休などを利用して3-4日帰国していましたから、感覚的には1年の半分は日本にいるというようなものです。(もちろんずっと中国に居続けることも問題ありません。)
私は日本で単身赴任なども経験しましたが、実際のところ、単身赴任生活よりも故郷で過ごす時間は長い(長すぎる)という感覚があるのです。
中国での生活
上海、蘇州、南京、大連、などの大都市は言うに及ばす、私のいる南通においても、最近の中国は日本人が生活に不自由するようなことはありません。買い物はAEONをはじめ立派なスーパーがあり、日常食べる物にしても、南通には日本料理屋も多いですし、日本のチェーン店「すき家」も「食其家」という名前に変えてそこら中にあります。
日系コンビニも南通には長い間なかったのですが、昨年ローソンができ、最近セブンイレブンも開店しました。なかでもローソンは大学のキャンパス内に1店ありよく利用しています。
なによりも淘宝(タオバオ)というネット販売が日本よりずっと発達しており、生活の便はおそらく日本にいるみなさんの想像を超えておりとても住みやすいですね。
待遇(給与)
給与、上海など大都市では1万数千元/月だと思いますが、南通での私の給与は以下の通りです。ここまで読んでいただいた方をがっかりさせてしまうかもしれませんがこれが現実です。企業の駐在員のおこづかいにも足りないかもしれません。
- 1年目 6000元 102,000円(1RMB=17円で換算)
- 2年目 6500元 110,500円
- 3年目 7500元 127,500円
- 4年目 7500元 127,500円
- 5年目 8400元 142,800円
- 6年目 9000元 15,3000円
- 7年目 9500元
- 8年目 9500元 19,0000円(1RMB=20円で換算)
ただ、住居は大学キャンパス内の職員用マンションが与えられます。光熱費、医療費は支払い不要。食事は学生食堂が安くて栄養満点、それなりにおいしいので食費はそうかかりません。学生は2000元/月程度で生活しているようですし、一人で普通に生活する分には実際は3000元もあれば十分なのです。
普通のサラリーマンだった私が中国で日本語教師になって良かったこと
私の場合、55歳で会社やめてそのまま薄給の日本語教師になるには経済的な問題がありました。ただ下の子どもも大学を卒業する年次であったので、多少のリスクは取れる状況でした。中国へ渡りさまざまな可能性に挑戦しました。なにをやったかついては別のところで書くかもしれません。 ただサラリーマン生活の締めくくりとして、日本にいてはできないことにもチャレンジさせていただきました。苦しいこともありましたが、貴重な5年間でした。
つまり55歳から60歳までの5年間は仕事生活の締めくくりとして完全燃焼できた時期でした。
私はこの年(64歳)になってつくづく感じることがあります。人間一生働き続ける中で、若い頃は体力を振り絞って働く。ある程度の年齢になってきたら知力を駆使して働く。そして次の段階は人々をまとめあげてチームを作りリーダーとして組織を強くする。そのリーダーを引退したら後進の教育に当たる、年と経験を重ねるにつれ、そういう「行動」「思考」「管理」「教育」の4つの役割を経ていくのが仕事人生のあるべき姿だと思うのです。
しかし、残念なことに一つの会社にいて、この4つのステージをすべて体験できる人は一握りにすぎません。役職で言えば、平社員、部長、社長(あるいは取締役)、会長または相談役という役職になるでしょうか。そんな幸せな人は千人に一人、何万人に一人ではないでしょうか。
私は一部上場企業の部長職の時会社を辞め、中国に渡り5年間、いろんなことにチャレンジしたと言いました。生活のベース(飯のタネ)は日系中小企業の現地法人の総経理(日本で言う社長)業でした。その後60歳で日本語を教える教師となったわけです。
場所や職種は変わりましたが、結果的に「行動」「思考」「管理」「教育」の4つのステージを実現できているような気がします。それぞれ関連のないバラバラの世界ですが、今となっては、同じ世界で最後まで貫くことができなかったことに対しての後悔はあまりありません。むしろ常に自分が、求められて働くことのできる職場に居続けられていることに感謝するばかりです。
これまで自分を受け入れてくれた環境に感謝しつつこれからもよりよい「働き方」を求めていくつもりです。
最後に
この記事は主として50歳以上の人に向けて、現職の私が中国での専業日本語教師という職業を、心からお勧めするものです。結局のところ、経済的な面が一番ネックになるかとは思います。
しかし逆に、そこさえクリアできれば、なかなかやりがいがあり面白い仕事ではないかと思います。
今回はシニア世代向けということでご紹介しましたが、もちろん若い方で中国で日本語を教えておられる人も大勢おられます。そういう人達は、むしろ中国で何かしたいこと、それは学問であったり、起業であったり、さまざまですが、何かしらの夢をもって中国という舞台を選ばれた人たちがほとんどのようです。
さまざまな日本人がさまざまな思惑を持って中国で教師をしている、そういうことになります。
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