国慶節休暇、唯一の外出
10月に入って学内インターネットのつながりが悪い。中国ではこういうことが良くあるがたいていは一過性のものである。イライラしながら作業するのもよろしくないので思い切って学外、といっても校門を出て道路の向かいにあるホテルに泊まり仕事をした。
南向きの10階、南通大学のキャンパス全体が俯瞰できる。普段自分が住んでいる学生寮の建物も目前に見える。4年住んでいる自分の部屋は、9階とはいえ北向きの部屋で、しかも対面に近接して同形の学生寮建屋が迫っている。日頃は学生の洗濯物を見ながら暮らしているわけだ。ホテルの部屋にはベランダもついていたので、眺めは天と地の差がある。
新入生がキャンパスに入ってくる時期で、北門あたりが賑わっているのがわかる。新人も入寮し、各自部屋をあてがわれるわけだが、南向きの部屋になるか北向きの部屋になるか、低層か高層かで、これから4年間の景色はずいぶん違うのだ。ただ、あまり日当たりがどうこうと文句を言う学生はいないようだ。
ともあれ、この4年間自分が仕事をしていた大学のすべてが一望できる場所に立った時、デジャブのようによみがえった風景があった。
京都で生活した30年
筆者、生まれは大阪と兵庫の県境の兵庫側の川西市である。19歳で大学に上がり京都で下宿生活を始めた。下宿は3回ほど変わったはずだが、思い返してみると、若い頃は日当たりだの住み心地とかいったことを気にした記憶がない。先に中国の学生は文句を言わないといったが、住み心地にこだわるこだわらないは、中国人、日本人の差というより年齢の差であるに違いない。
学生時代は京都市左京区内、就職した会社は京都駅近くで左京区。家庭をもってからも近郊の宇治市と、基本的に京都文化圏に住み続けた。
2004年9月、ようよう京都の研究所を離れ、東京の海外事業部へ出向し南通の中国新工場関連の仕事をすることになった。京都に移り住んで後、なんと30年目の大移動である。
長く京都にいたが、観光目的でどこかの寺や神社などを訪れたという記憶がなかった。そういえば、南通大学の学生でも、南通で有名な狼山に4年間登ったことがなく卒業を迎えるという学生もいる。何事も今、有閑人である自分基準で見ると理解しがたいが、自分が学生であったときの目線で見るとわかることがある。彼、彼女らは物見遊山で南通に来ているわけではないのだ。私にとっても京都は勉学(?)の場であり、仕事の場であり、かつ人生の戦いの場であった。
京都から東京へ発つ前に
東京へ発ったのは2004年9月末日。47歳である。9月下旬は研究の引き継ぎも終え、京都生活の出発点ともいうべき、銀閣寺道の馴染みの私設図書館へ連日通い、新しい業務のための下調べをしていた。ふと、過去銀閣寺へすら行ったことがなかったことに気がつき、ぶらりと境内へ入り、その後、銀閣寺の裏山である大文字山の中腹まで登ってみた。
京都は実に狭い盆地である。100メートル程度の高さの東山の中腹からでも、その山々に囲まれた地形の全容が見て取れる。自分の30年間のほぼすべての生活の場が、詰まっていた。そんな場所に立っていることに感動を覚えた。取るに足りない平凡な生活であったかもしれないが、それなりにいろいろな出来事があった。そのすべてが、眼前に開ける実に小さな範囲で行われてきたのである。
人間いくつになっても、それまでの慣れた暮らしを離れ、全く経験のない仕事に向かうのは心細いものだ。大文字山からのあの時の風景は、私に、いろんな意味で人間と言うものの小ささを感じさせた。たいていの人間が日頃持っている悩みなど、つまらぬものなのだ。良い気候の頃であった。心身共に、すがすがしさに包まれ、未来を楽観する気持ちが湧いて来たことを覚えている。
俯瞰力をつけよ
最近の有能な若い人たちを見ていると、自分を客観視する能力が強い人が多い気がする。高みに立って自分も含んだ大局を俯瞰しているかのような物事の判断の仕方をする人が多い。その手の人間をシラケ世代と呼んでこき下ろした我々“熱い”没入タイプの人材が多かった旧世代の、あるべき日本人像とは、少し違ってきたような気もする。
「馬鹿と煙は高いところに上る」という。本来、お調子者はおだてに乗り易い、ぐらいの意味だが、こう解釈してはいかがだろう。有能な人間は日日の生活の中でも、自分の周囲を客観的に見渡せる、あるいは高みに立ったかのように俯瞰する目を持っている。凡人、馬鹿の類は、やはり時には、“実際に”高いところにでも登ってみて、ゆったりした気分で下界を見下してみなければ、気分をリセットして新たな事柄に向かっていけないのではないだろうか。
ということで、短時間ではあったが、職場である南通大学を見下ろす場所で過ごし、なんらかの気持ちの整理をつけることができたのが、私の国慶節休暇であった。とりあえず年内は学生さんの洗濯物を背景に、仕事に励むことにする。
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