2021-07

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常熟興福寺から宇治黄檗、そして奈良興福寺。

私の故郷、宇治、黄檗山萬福寺と常熟興福寺をつなぐ、木魚の原型となる開版(かいばん)。そして有名な奈良の興福寺と常熟興福寺には、切っても切れないつながりがあった??
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常熟、虞山と尚湖にまつわる神話

常熟といえば、虞山と尚湖。ちょうど”笹かまぼこ”のような形をした山と湖が対峙し仲良く寄り添ったような形です。この虞山と尚湖に関わる神話があります。禁断の恋に落ちた若い仙人のカップルが、天界を追放されて常熟に舞い降りたということです。
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ブルーインパルス。心で描く五輪マーク

1964年。東京オリンピックの開会式で、ブルーインパルスが大空に五輪マークを描いた。その時の様子を実況で直接見た小学生2年生の私は心躍った。 ただ、57年後の現在も心の中に残っている残像が、開会式当日のものなのか、あるいはその後’64...
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35年目の「いいね!」

禁煙をして5年になる。禁煙を決意した後、遊び心で、“禁煙ブログ”と称して、自分の完全禁煙に至るの記録をつけてみようとブログを書いいた。第1日の記事をFacebookで共有したところ、思いもかけず、35年間ほぼ音信の途絶えていた女性Kさんから“いいね!”クリックの励ましがあった。
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南通市通州の慈雲禅寺と範公堤遺跡

ふらりと通州へ行った。南通の市中心から北の方角へ進み、郊外へ抜けると南通市通州区ということになる。目指したのは慈雲禅寺という北宋(960-1127年)時代の寺である。慈雲禅寺からバスで30分程度の場所に範公堤遺跡へも足を延ばす。
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第二の人生。中国での日本語教師

60歳定年以降、中国の大学で日本語教師をやって4年。化学会社の研究開発を中心に仕事をしていた自分には別世界での新しい生活といえます。今の私は、はたから見るとずいぶん楽しそうに見えるようです。その通りではあるんですが、そこに至るまでには、私なりの葛藤があったのも事実なのです。
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スイカ甘いかしょっぱいか。

「スイカ甘いかしょっぱいか?」人生をスイカを食べることに例えたこの文章は、孔子学院の日本人中国語スピーチコンテストで発表した中国語の内容を日本語にしたものです。10年以上前のものですが、なかなかおもしろい。
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人生100年時代のダウンヒル

60歳を迎えた時、ライフシフト「100年時代の人生戦略」を読んで人生をリセットしたつもり。日本語教師としての新たな人生は自分をどう変えてくれるのか。まだまだ楽しみではある。
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中国生活 窓ふきのススメ

日本人は中国あるいは中国人を、中国人は日本あるいは日本人を、良きにつけ悪しきにつけ何らかの偏見をもって見ている。色眼鏡をかけて見ているというたとえもできるが。日本人の中国の見方は汚れたガラス窓を通して見ているのでは?問題はそれが、避け得ないことだと考えていることだ。
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南通市如東の国清寺

南通市如東の国清寺は遣唐使僧「円仁」が中国に上陸し始めて宿を求めたお寺として知られています。『入唐求法巡礼行記』というのは彼の書いた旅行記。確か高校の教科書で習ったような…。
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