赤い大地をもう一度
初めて中国へ行ったのは、2001年5月。専門分野の放射線硬化樹脂の学会および展示会に参加するため、中国雲南省昆明へ行った。当時、大阪から直行便が出ていた。つまり日本を出、初めて降り立った中国が、雲南省昆明というから、私は、ちょっとほかの人にはない、中国との出会いをしている。約25年前、大阪空港から約5時間で着く昆明へ、部下である後輩の研究者と二人で乗り込んだ。
雲の合間から見えた、初めての雲南の大地が妙に赤かったのを覚えている。
2025年初夏
前学期の講義と、その後の雑務を終えた後、仕事半分、遊び半分で雲南省昆明に行く機会を得た。出発は6月30日、この夏は猛暑になりそうという予報通り、6月というのにすでに朝8時から30℃に迫る暑さである。
汗をかくのに慣れていない体からは、塩分の濃い汗がじっとり流れてくる感じがして不快である。スマホで見ると、昆明の気温はこちらよりおよそ10度低い。ちょうどよい。
9時前、大学の宿舎の最寄りである北第二門からタクシーで空港へ向かう。今回はビジネスクラスの席をとってもらっている。恥ずかしい話だが、ビジネスに乗るのは生まれてはじめて。すべてにおいて優先的に扱われるのは実に気分が良い。到着空港で、荷物が出てくるのも早いとは!乗りつけている人には当たり前のサービスにひたすら感動、である。
最前列1F席、隣はどこかの老板(社長)なのか、いかにもといった感じの横柄な態度で客室乗務員になにやら注文をつける輩がいる。そういう奴をみると、ついさっきまでの気分の良さもどこへやら。やっぱり貧乏な庶民でよかったと胸をなでおろす小市民の自分である。
11時半、予定通り離陸。大学が見える。14時前、下降開始。南通からだと3時間少々で昆明なのだ。緑が多いが、地肌が見える部分は確かに茶色一色だ。あの時、初めて見た中国の大地があった。

空から見た昆明
昆明長水空港へ
予定より早く14時20分着陸。あれからすでに25年。空港建物、屋根が三角のタイ風。稲の色。東南アジアの雰囲気がある。空港の中は、少し暗めで雑然とした、昔ながらの中国っぽい雰囲気。地下鉄も、最近できた南通の地下鉄をちょっと古くして、照明を暗くした感じである。もちろん、私にとってはこういう中国の雰囲気が好ましい。
空港から地下鉄6号線で街方向へ、3号線東部汽車駅で,乗り換える。空港から地下鉄に乗るとすぐ地上に出る。山の形は日本に近い。しかし地面は赤土。タイの三角屋根の形(高速の入り口)と、逆放物線のデザインは随所に見られる。よく見ると、山の端がギザってるのは針葉樹だからなのだろうか。日本のように山がもっこりしていない。
昆明市24℃
24℃、快適すぎる。雲は多いが晴れ間も見える。まずまずの天気。あとで知ったことだが、この時期昆明の天気は、早朝は決まってどんよりした曇り。朝方から昼前にかけて必ずと言っていいほど雨が降るが、気が付くと止んでいる。そして昼過ぎには必ず晴れ間が広がっていくという天気が続く。スマホの週間予報は雨マークがならんでいるが、実際は晴れの方が時間的に長く、滞在中ずっと良い天気であったという印象が残る。
地下鉄駅には、セブンイレブンがあってなにかと便利そう。16時すぎ昆明飯店南楼2509室にチェックイン。一泊200元なのでまあまあ、お値段相応の部屋。

昆明飯店(左:南館、右:本館)
老街散歩
17時半、ぶらっと出て。老街、南强街、などを歩く。
青年路から昆明老街を目指す。街中はバイク、自転車もけっこう多い。老街を抜け、銭王街という門をくぐったところにある店で、甘辛冷麺、最後は辛かったが、初の食事としては大正解。いつまでも日が高いので、時間がゆっくり進んでいるのでは、という感覚におそわれる。まっすぐ南下、双子の楼門のようなものがある広場に出る。以前来た時の、記憶は戻ってこなかったが、それにしても、なんとなく懐かしい気分。南通では見なくなったお乞食さんもいた。
南強歩行街経由でホテルへ帰る。東方広場にはずいぶん人が集まってきてるなあ。原色、というか、昆明の人は赤が好きなのかなという印象を受けた。

昆明の街の印象は”赤” 昆明レッドというより”昆明赤”と呼びたい
日が長く、7時過ぎでも昼の明るさ。8時過ぎになってようやく黄昏時となり、街灯点灯。しかし見上げればまだ空は青い。8時過ぎホテルに帰着。1.7万歩で足が棒のよう。足が弱ったな。明日に備え、とりあえず休む。
(続きます)



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