読解「香住から白兎海岸へ」阿部昭Ⅶ

浦富、赤いポスト

「日語総合教程」第六冊 第9課「香住から白兎海岸へ」阿部昭 を読みます。
前回(こちら)の続きです。

 波しぶきを浴びながらさかんにカメラのシャッターを切っていたM君も顔色冴えない。彼は来月取材でタンカーに乗り込んで、ペルシャ湾に行くそうだ。マンモスタンカーも結構だが、「雄壮を誇る大型観光船」もなかなかのもの、「遊覧」というよりは「荒行」に近く、船に弱い人は奇岩怪石が地獄の光景にも見えようという貴重な二時間であった。

 静かな香住の町を、足元もおぼつかなげにさまよい歩いて、蕎麦屋に入り、熱いきつねうどんを食べたら、息を吹き返した。
「やっぱり海は遠くから見るに限りますなア」
「いや、まったくですなア」
ということになり、今後は陸地からのんびり海を眺めることにして、鳥取県に入る。

 鳥取で駅レンタカーを借り、私よりも車に強いM君の運転で、大砂丘はひとまず横目に素通りして、網代、田後、浦富と、観光道路をたどる。奇岩怪石にうなされたあとでは、このあたりの海のうららかな表情には、ホッとさせられるものがある。

 民宿がずらりと並んでいる。低い軒先に漁網が干され、漁具が掲げられ、洗濯物がひるがえり、狭い路地では子供たちが遊んでいるという、型通りの漁師部落へ、そろそろと車で入って行く。その生活のにおいにも、旅行者をホッとさせるものがある。

 どうしてだろう、私が柄にもなく、しんみりしてしまう。ほんとうに旅情を動かされるのは、私の場合、素晴らしい景色を見たからでも名所旧跡を訪ねたからでもないようだ。何ということもない田舎町の、昼下りの人気のない通りに、埃だらけの赤いポストがぽつんと立っていたりするのを目にしても、なんだかしんみりしてしまう。

 旅をすると宣言して、生活から逃げてきたつもりが、結局よその土地へ行っても他人の生活に目が行ってしまうのでは、出てきた意味もないようなものだ。私はやはり「景色よりも人間」派、徹頭徹尾野暮な生活派であるらしい。

波しぶきを浴びながらさかんに…

波しぶきを浴びながらさかんにカメラのシャッターを切っていたM君も顔色冴えない
冒着波浪拼命地按快门的M君的脸色也不好看,
・冴える:表情や気分がすっきりと晴れる。すかっとする。多く「冴えない」の形で使います。
彼は来月取材でタンカーに乗り込んで、ペルシャ湾に行くそうだ。
据说他下月因采访要乘油轮去波斯湾。
マンモスタンカーも結構だが、「雄壮を誇る大型観光船」もなかなかのもの、「遊覧」というよりは「荒行」に近く、船に弱い人は奇岩怪石が地獄の光景にも見えようという貴重な二時間であった。
巨型油轮固然不错,但“以雄伟为自豪的大型观光船”也相当了得,说是“游览”更接近于“苦行”,对晕船的人来说,是会把奇岩怪石看成是地狱景象的宝贵的两小时。
・マンモス(mammoth):巨大であること。大型。「マンモス都市」
・荒行(あらぎょう):僧や修験者などが行う、激しい苦痛を伴う修行。滝水に打たれたり、山中を徘徊したり、頭上で香をたいたりします。

静かな香住の町を、足元もおぼつかなげに…

静かな香住の町を、足元もおぼつかなげにさまよい歩いて、蕎麦屋に入り、熱いきつねうどんを食べたら、息を吹き返した。
以不稳当的脚步徘徊在安静的香住街头,进了面条店,吃下一碗热热的素面,才缓过气来。
・おぼつかない(覚束ない):①物事がうまくいくかどうか疑問であるさま、②あやふや、はっきりしない、③しっかりとせず、頼りないさま
・(③例)酔っぱらって足もとがおぼつかない。
・(①例)利益どころか資金の回収もおぼつかない。
・(②例)おぼつかない記憶をなんとかたどってみる。
「やっぱり海は遠くから見るに限りますなア」
“海还是最好从远处看啊!”

~に限る(~がいちばん)

「いや、まったくですなア」
ということになり、今後は陸地からのんびり海を眺めることにして、鳥取県に入る。
“完全正确!”
于是决定接下来要从陆地上悠闲地观海,先去鸟取县。

鳥取で駅レンタカーを借り、…

鳥取で駅レンタカーを借り、私よりも車に強いM君の運転で、大砂丘はひとまず横目に素通りして、網代、田後、浦富と、観光道路をたどる。
在鸟取租了一台车站租赁的汽车,由比我技术好的M君驾驶,先横着从大沙丘旁边直接驶过,上了网代、田后、浦富的观光公路。
・素通り:立ち寄らないで、そのまま通りすぎること。
奇岩怪石にうなされたあとでは、このあたりの海のうららかな表情には、ホッとさせられるものがある。
奇岩怪石的噩梦之后,这里的海的美丽的表情里有着让人放松的东西。
・うなされる:眠っていて、苦しそうなうなり声をあげる。「恐ろしい夢を見てうなされる」
・うららか(麗らか):①空が明るく晴れて日がのどかに照っているさま、→②心にわだかまりがなく、晴れ晴れと明るいさま
浦富海岸の風景

浦富海岸の風景

民宿がずらりと並んでいる。…

民宿がずらりと並んでいる。
民营旅馆排成一串,
低い軒先に漁網が干され、漁具が掲げられ、洗濯物がひるがえり、狭い路地では子供たちが遊んでいるという、型通りの漁師部落へ、そろそろと車で入って行く。
低屋檐下晾晒着渔网,挂着渔具,洗的衣服飘动着,狭小的胡同里孩子们在玩耍。汽车徐徐驶进这样极为普通的渔家。
・型通り:慣習として決まっている方式にただ従うこと。「型通りのあいさつ(心がこもっていない)」
その生活のにおいにも、旅行者をホッとさせるものがある。

在这种生活的气息里也有着让旅行者安心的东西。

どうしてだろう、私が柄にもなく、…

どうしてだろう、私が柄にもなく、しんみりしてしまう。
不知为什么,我一反常态地安静了下来。
・しんみり:①心静かに落ち着いているさま、「しんみりと語り明かす」②心が沈んで物悲しいさま。しめっぽい気分になる様。「故人をしのんでしんみりとする」
ほんとうに旅情を動かされるのは、私の場合、素晴らしい景色を見たからでも名所旧跡を訪ねたからでもないようだ。
要说真的令人大动旅情的,在我身上好像既不是因为看到漂亮的景色也不是因为参观了名胜古迹。
何ということもない田舎町の、昼下りの人気のない通りに、埃だらけの赤いポストがぽつんと立っていたりするのを目にしても、なんだかしんみりしてしまう。

而是一个积满灰尘的红色邮筒映人眼帘,在没有什么特别之处的乡村街道上,孤零零地伫立在下午没有人迹的马路上,使我不自觉地安静了下来。

浦富の街角(2026年)

浦富の街角(2026年)

旅をすると宣言して、…

 旅をすると宣言して、生活から逃げてきたつもりが、結局よその土地へ行っても他人の生活に目が行ってしまうのでは、出てきた意味もないようなものだ。
宣布去旅游,原以为从生活中逃了出去,可最后即使去了别的地方又会看到别人的生活,所以出来的意义好像也就没有了。
私はやはり「景色よりも人間」派、徹頭徹尾野暮な生活派であるらしい。

我到底还是“人胜于景”派,还是彻头彻尾的乡土生活派。

野暮(やぼ):①世情に疎く、融通がきかないこと。人情の機微がわからないこと。「そんなことは聞くだけ野暮というものだ」②洗練されていないこと。「野暮な服装」

浦富海岸、打ち捨てられた小屋

浦富海岸、打ち捨てられた小屋

つづきます。

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