「としては」と「にしては」

「としては」「にしては」

「~としては」と「~にしては」を比較しましょう。

「いのち」阿部昭 から

 上級日本語テキスト「日語総合教程第六冊、第6課」からの引用です。

・近ごろの子供は現実的だから、「猫はいったい何の役に立つの?」となどと父親に尋ねる。私としては返答に窮する。
第6課「いのち」阿部昭P153
・キ、キ、キ、キ、キ……という何者かの鋭い悲鳴がした。虫にしては、その声は大きく、しかも聞き慣れない声だ。
同 P155

 上の2例では「…としては」は「…にしては」に置き換えることはできません。しかし、「…にしては」の方は「…としては」に換えても意味は通じるようです。この二つの言い方の関係を確認しましょう。

「…としては」「…にしては」

 「…としては」は、①~の立場・観点から考えると、②「…」の標準から考えると、の二つの用法があり、「…にしては」は「…」の標準から考えると、という意味しかありません。

「としては」「にしては」辞書の語釈

先の例では「私としては~」の「としては」は「としては」の①「…の立場・観点から考えると」の意味で「にしては」に置き換えることができませんが、「虫にしては」の方は「としては」の②「…の割には」の意味で置き換え可能ということですね。

立場・観点の「…としては」と意外性(の割には)を示す「…にしては」

「立場・観点:としては」と「意外性:にしては」

「としては」は「立場・観点」、「にしては」は「意外性」がプラスされるというのが基本的な違いです。
 では、「…の割に」の意味でつかわれる両者に違いはあるでしょうか。

「…としては」「…にしては」のニュアンスの違い(…の割には)

 では「…の割には」の意味で使用されるとき、二つの言い方の違いはどうでしょうか。

  • 彼は相撲取りとしては小柄である。①
  • 彼は相撲取りにしては小柄である。②

 意味的には、ほぼ同じですが、①「…としては」では「相撲取りの標準」に対するずれを客観的に述べているだけなのに対し、②「…にしては」の方は、そこに「意外性」が加わったニュアンスがあるということになります。

「…の割には」の意味のニュアンス差

  • としては声が大きい。
  • にしては声が大きい。
    これらは例えば、
  • セミ類は、虫としては声が大きい。
  • にしては声が大きいので、別の大きな動物かと思った。
    という例文がなじみます。

以上です。

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