「日語総合教程」第六冊 第6課「いのち」阿部昭 を読みます。
前回(こちら)の続き、今回が最終回です。
そうして、悔恨が心の中をのたうつ、ともルナールは記している。
彼が、その言葉どおり、以後一切の殺生を絶ったかどうかは知らない。しかし、りすのことを「雨の降るときには、しっぽを顔の前へ引き寄せて雨を避ける、この無害な優しい獣」と言うとき、その言葉ひとつにもルナールという人の優しい心根は見てとれる。その心根は、「ものいはぬ四方のけだものすらだにも」と詠んだあの歌人の心根に通うものであろう。ここを読んで、私は、日ごろ敬愛しているこの作者がまたいちだんと好きになった。
とはいえ、人間はやはり人間のことで精一杯だ。動物のことまで考えてやる余裕はなかなかない。飼ってやるだけの情けは持ち合わせながら、一方では、心ならずも冷血漢たるの不名誉に甘んじている。
一日鎖でつながれて、垣根の隙間からしょんぼり往来を見ている飼い犬たち。
打ち捨てられて、雨の中でいつまでもきりなく鳴いている子猫たち。
空を飛ぶことも忘れたまま、籠の中で冷たくなっていく小鳥たち。
もの言わぬ彼らの不幸は、なんと我々人間の不幸に似ていることか、空恐ろしいまでに!
それでも私は、ときおり彼らに向かって、しみじみと話しかけたくなる――
「おまえたちは、いいね、言葉もお金も持っていないおまえたちは。余計なおしゃべりはしないし、明日のことを心配する必要もないんだから。うそつきで、欲ばりな人間よりもどれだけいいかわからない。……」
もちろん、何を言っても彼らは答えない。うるさそうに、私の顔を、ちらと見るだけである。
(『高校国語1』第一学習社より)
そうして、悔恨が心の中をのたうつ、…
并且列那尔还写道,“悔恨在心中翻腾。”
・(例)殺虫剤をかけられてゴキブリがのたうち回っている。(「のたうつ」より動きが激しいのが「のたうち回る」)
・本文では後悔の念が心の中で抑えきれない程強いことを表しています。
他是否如他所说那样以后戒掉了一切杀生不得而知。
但是他说松鼠是“下雨时将尾巴拉到脸上避雨的这种无害的温顺的动物”时,仅仅从这句话里就可以看出列那尔这个人的善良的内心。
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源実朝(1192₋1219)
その心根は、「ものいはぬ四方のけだものすらだにも」と詠んだあの歌人の心根に通うものであろう。
这内心与吟诵“连不会说话的兽类也会……”的诗人的内心是相通的吧。
读到这里,我对这位平常一直爱戴的作家的喜爱更加深了一步。
とはいえ、人間はやはり人間のことで精一杯だ。
话虽如此,人因为自己的事已经竭尽全力,
・(例)「精一杯のおもてなしをする」「精一杯努力する」
已不会再有考虑动物的事的余力。
一方面带有仅仅饲养动物的情感,另一方面,又出于无奈甘心情愿担起冷血动物的恶名。
・心ならずも:本意でない、自分の意思に反している
・甘んじる:与えられてものが不満・不十分であってもそのまま受け入れる。仕方なく受け入れるニュアンス。「現在の境遇に甘んじて日夜努力する」「薄給に甘んじる」「非難は甘んじて受けます」
整天被锁链拴着,从篱笆的空隙无精打采地看着马路的家犬们;
・(例)小言をいわれてしょんぼり帰る。
打ち捨てられて、雨の中でいつまでもきりなく鳴いている子猫たち。
无人理睬的在雨中永远没完没了地叫唤的小猫们;
忘却了在空中飞翔,在笼中慢慢走向死亡的小鸟们;
不会说话的它们的不幸与我们人类的不幸何等相似啊?相似到令人感到恐怖的程度。
それでも私は、ときおり彼らに向かって、…
尽管如此,我还是有时想到要对着它们亲密地说话:
“你们呀真不错,语言也没有,金钱也没有的你们。
多余的唠叨也没有,也不必担心明天的事。
不知要比说谎、贪婪的人类好多少……’
当然,说什么它们也不会回答,

只是好像嫌我唠叨似的瞥了我一眼。
・(例)「前髪が額にかかってうるさい」「この飾りはちょっとうるさい(目障りだ)から外そう」
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