読解「香住から白兎海岸へ」阿部昭Ⅵ

平家落人部落

「日語総合教程」第六冊 第9課「香住から白兎海岸へ」阿部昭 を読みます。
前回(こちら)の続きです。

 絶壁沿いに船は一定速度で進むが、洞門には近づかない。アナウンスによれば、
「本日は少々波がございますので」省略して、先へ進むという。なるほど、日本海は荒海だ、と思ったのはこの瞬間である。
(これで「少々」かね?)
 どうして「相当」なものだ。私は広島や岡山でヨットやボートに乗ったこともあるが、こんな「雄壮」な気分を味わったことはないし、自衛艦に乗って太平洋上に出た時は、実に春風駘蕩たるものだった。それで私はなんとなく了解したような気持になる――どうやら、これぐらいの波があっても、この程度の小船でどんどん行ってしまう、その辺が日本海の流儀というものらしい。

 そう思って眺めると、やや離れた海上に一つだけぽつんと突き出した岩礁を、海鵜の群れが占拠して、しきりに首を伸ばしてあたりを睥睨している。そんな何でもないような光景も、いやに黒々と不吉に見える。不気味で、底知れぬ、こわい海という感じだ。これで空が曇っていたら、もっとこわさを増すにちがいない。

 太平洋側に住んでいると、海のむこうはアメリカ、というぐらいに考えて別に怪しみもしないくせに、ここでは水平線のかなたは昔の満州か(日本の侵略によってかつて現在の中国東北部に「満州国」という国家が作られた―編集者注)ソ連領土か、など頭の中で地図を描いているうちに、ばか果てしないような気がしてくる。

 灯台のある伊笹岬を過ぎてから、背後を振りあおぐと、崖の上にはりついたように、一かたまりの部落がある。ガイドの言葉を借りれば、「平家の落ちぶれました部落でございます」ということで、この落人部落は往時電気も水道もなく、周囲からまったく孤絶していたそうだ。それが戦時中そこに軍の監視所が出来たので、道路も通り、おかげで便利になったという。私には奇岩怪石の説明よりも、こういう話のほうが興味がある。会ってきたわけじゃないが、平家部落には美男美女がわんさといるそうである。

 そうこうしているうちに、キャビンの中の女性たち何人かが船酔いで吐いた模様である。やっと香住港について、出てきたのを見ると、ハンカチを手に当てた人や、顔面蒼白で船着場の便所に駆け込む人もいる。お婆さんが多かったのは可哀相だったが、船には強いはずの私もいささかグロッキーである。

絶壁沿いに船は一定速度で進むが、…

絶壁沿いに船は一定速度で進むが、洞門には近づかない。
船沿着绝壁以一定的速度前进,但洞门却不能靠近。
アナウンスによれば、「本日は少々波がございますので」省略して、先へ進むという。
广播说道:“今天因为稍稍有些浪,所以…..”省略了岩洞的参观,直接前行。
なるほど、日本海は荒海だ、と思ったのはこの瞬間である。
果然,日本海是狂暴的海,在这一瞬间我这么想到。
(これで「少々」かね?)どうして「相当」なものだ。
(这还是“稍稍?”) 其实那是“相当”大的风浪。
・どうして:(特殊な用法):前件や前述の言葉に対し”意外だ”という意味を込めて否定します。
・(例)見かけは気弱そうだが、どうしてなかなか気が強い。
私は広島や岡山でヨットやボートに乗ったこともあるが、こんな「雄壮」な気分を味わったことはないし、自衛艦に乗って太平洋上に出た時は、実に春風駘蕩たるものだった。
我在广岛、冈山曾乘过帆船、快艇,但如此“雄伟”的感觉没有体验过。乘军舰行驶到太平洋上时,实在是心旷神怡。

・雄壮:おおしく、勢いがさかんなこと。
・(例)山頂から見下ろす雄壮な景色に、思わず息をのんだ。
・(例)オーケストラが奏でる雄壮なメロディーが、会場を包み込んだ。
 一般的には肯定的な意味で使いますが、筆者にとっては歓迎しない雄壮さである、という意味で「 」付きにしています。

それで私はなんとなく了解したような気持になる――どうやら、これぐらいの波があっても、この程度の小船でどんどん行ってしまう、その辺が日本海の流儀というものらしい。
因此我感觉到我好像明白了-即使有这种程度的波浪,以这种大小的小船不断地前往,这好像正是日本海的风格。
流儀:①芸道・武道などで、その流派に伝えられているやり方。→ ②その人の独特のやり方。
・(例)どんなに忙しくても、”忙しい”と口にしないのが私の流儀だ。

そう思って眺めると、やや離れた海上に…

そう思って眺めると、やや離れた海上に一つだけぽつんと突き出した岩礁を、海鵜の群れが占拠して、しきりに首を伸ばしてあたりを睥睨している。
这样想着看去,在稍稍有点距离的海上孤零零地竖起的岩礁上,一群海鸬鹚盘踞在那里,频频翘首环视周围。
・睥睨する:(へいげいする)周囲をにらみすえて威圧する。(あまり日常語としてはつかいません)
・(例)天下を睥睨する。
・(例)巨大な石像は街全体を睥睨するようで、住民の一部は威圧感を感じている。

辺りを睥睨する海鵜たち

そんな何でもないような光景も、いやに黒々と不吉に見える。
这种什么也不是的光景却让我不悦地看到了黑压压的不祥。
不気味で、底知れぬ、こわい海という感じだ。
感觉到令人毛骨悚然、深不见底的恐怖的海。
これで空が曇っていたら、もっとこわさを増すにちがいない。
而且天空要是阴的话这种恐怖一定会更加增大。

太平洋側に住んでいると、海のむこうはアメリカ、…

太平洋側に住んでいると、海のむこうはアメリカ、というぐらいに考えて別に怪しみもしないくせに、ここでは水平線のかなたは昔の満州かソ連領土か、など頭の中で地図を描いているうちに、ばか果てしないような気がしてくる。
在太平洋一侧居住的话,想到对面是美国也没有什么特别奇怪的,而这里海平线的对面是过去的满洲及苏联领土等等,在头脑中描画地图的过程中,却产生了一种异常的无边无际的感觉。
★「満州」に関する訳注
(日本の侵略によってかつて現在の中国東北部に「満州国」という国家が作られた―編集者注)
(因日本的侵略曾在现在中国东北部制造了所谓的“满洲国”一一编者注)

灯台のある伊笹岬を過ぎてから、…

灯台のある伊笹岬を過ぎてから、背後を振りあおぐと、崖の上にはりついたように、一かたまりの部落がある。
过了设有灯塔的伊签岬后向背后仰望,崖的上面像贴上去似的,有一团人家。
・振り仰ぐ(ふりあおぐ):頭を上に向けて高いところを見る。
・(例)「富士を振り仰ぎ 振り仰ぎ、峠をのぼって来る」〈太宰治・富岳百景〉
ガイドの言葉を借りれば、「平家の落ちぶれました部落でございます」ということで、この落人部落は往時電気も水道もなく、周囲からまったく孤絶していたそうだ。それが戦時中そこに軍の監視所が出来たので、道路も通り、おかげで便利になったという。
借用导游的话来说“是平家衰败后的家族”。这个败落的家族村落过去水、电、电话都没有,与周围完全隔绝着。但是战争时那里建立了军队的监视所,于是通了道路,沾它的光才方便了。
平家落人集落にある平内神社

平家落人集落にある平内神社

 御崎集落。平家復興の思いを込めて、今でも毎年、源氏を見立てた的に、三人の少年が百一本の矢を射る儀式が行われていると言います。

私には奇岩怪石の説明よりも、こういう話のほうが興味がある。
对我来说比起奇岩怪石的解说来,这样的事更让我感兴趣。
会ってきたわけじゃないが、平家部落には美男美女がわんさといるそうである。
虽然不是来会他们的,但听说平家村落里美男美女有很多。

そうこうしているうちに、キャビンの中の…

 そうこうしているうちに、キャビンの中の女性たち何人かが船酔いで吐いた模様である。
在这样那样说着讲着的过程中,船舱里的女人好像有几个因晕船而呕吐了。
・そうこうしているうちに:「そうしているうちに」の動作が単独動作であるのに対し、「そうこう」だと複数動作が意識されています。
・(例)道に迷って地図を見たり人に聞いたり、そうこうしているうちに日が暮れてしまった。
・(例)ひたすらまっすぐ歩きつづけた。そうしているうちに日が暮れた。
やっと香住港について、出てきたのを見ると、ハンカチを手に当てた人や、顔面蒼白で船着場の便所に駆け込む人もいる。
终于到了香住港,看到出来的人中有用手帕捂着嘴的,也有脸色苍白奔向码头厕所的,
・駆け込む:文字通り、走って中に入り込む意味ですが、切羽詰まってある場所を訪ねるという意味にも使います。
・(例)学生証を失くした岡田君は、学生相談所に駆け込んだ。

お婆さんが多かったのは可哀相だったが、船には強いはずの私もいささかグロッキーである。
多数是阿姨们,很值得可怜。连本不晕船的我也有点站不稳。

・グロッキー(groggy):ひどく疲れて、ふらふらになること。
・(例)徹夜続きでもうグロッキーだ。

 

続きます。

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました