読解「木の葉の魚」安房直子Ⅵ

木の葉の魚Ⅵ

前回( →こちら )の続きです。

 「波の音?波の音がどうしてこんな所まで聞こえるものか」
 「そうとも。お前の空耳だ」
 けれどもこの時、アイは懐かしさに躍り上がり、髪を振り乱して戸口に駆けていったのです。そうして、カタリと戸を開けると―
 どうでしょう。山の木もれ陽とそっくりの色をした海の水が、ゆらゆらと家の中にあふれこんで来るではありませんか。
「ほうら!」とアイは叫びました。それから、上を見上げて何もかもを知ったのです。
 なんとアイの家は、海の底に沈んでいたのです。一体、どういうわけでそんなことになったのか分かりません。大津波でも起きて、遠い海が山まで押し寄せて来たのか、それとも海の神様の大きな手が、この小さな家をつまみ上げて海の底に沈めてしまったのか……

 それにしても、海の底に沈められても、三人は苦しくも寒くもなく、ただ、体がいつもより少し軽いだけでした。三人は戸口のところに集まって、呆気に取られて上を眺めました。

 この家を覆っていた緑の木はみんな生きた魚になり、群れをなして泳いで行くところです。しばらくはその美しさに見とれたあと、お姑さんがため息をついて言いました。こんな所に沈められて、この先、どうやって生きていったらよかろうかと。

 この時です。アイはずっとずっと上の方で、誰かが自分を呼ぶのを聞きました。「アイ、アイ、こっちへおいで」温かいやさしい声でした。
「アイ、アイ、こっちへおいで」
「ああ、母ちゃん!」
 思わずアイは両手を上げました。それから、よくよく目を凝らすと、網が―そうです。まぎれもなく、アイの家の継ぎ接ぎだらけの借り物の網が頭の上いっぱいに広がっているではありませんか。

 「父ちゃんの船が来てるんだ」とアイは叫びました。
 「父ちゃん母ちゃん、網で引き上げておくれ。私達を助けておくれ」アイは駆け出しました。続いて、アイの夫もお姑さんもアイの後を追いました。ゆらゆら揺れる緑色の水の中を、三人は両手を広げて走り続けました。こんぶの森を通りました。サンゴの林もわかめの野原も通りました。網はどんどん大きく広がって行き、海全体をすっぽりと覆い尽くして行くようでした・

 お昼を過ぎて夕暮れが近づいて、海の底に射し込む陽の光が緑から紫に変わる頃、三人の体はいきなりふうっと浮き上がりました。まるで三匹の魚のように。三人は網を目掛けてのぼって行きます。両手を広げてゆらゆらとのぼって行きます。

 アイの母親のやさしい声が、おいで、おいでと呼んでいます。もうすぐ、もうすぐなのです。
『南の島の魔法の話』

〔参考〕魚由来の言葉・慣用句

魚由来の言葉・慣用句

魚由来の言葉・慣用句

〔参考〕「浮かぶ」「浮く」「浮かせる」「浮かす」「浮かべる」

「浮かぶ」「浮く」「浮かせる」「浮かす」「浮かべる」

「浮かぶ」「浮く」「浮かせる」「浮かす」「浮かべる」

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