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渡良瀬遊水地計画
そうなると、政府は、渡良瀬川と利根川の合流点に近い谷中村を、大きな遊水地にするという計画を発表した。鉱毒の広がるのは渡良瀬川の洪水によってのことだから、大きな遊水地を造って洪水を防げば、鉱毒も広がらないだろうというのだ。そして、政府は、谷中村の村民に金を与えて無理に立ち退かせ、計画どおり遊水地の工事を始めたのである。
正造は、荒れ果てた谷中村の跡に立って、「政府は間違っている。やるべきことは、谷中村を犠牲にして鉱害の範囲を小さくすることではない。足尾銅山の採鉱を停止させ、鉱害が絶対に起こらぬ設備を造らせることだ。」と白い髭を振わせて怒り続けた。
それからの正造は、鉱毒を完全に防止できる設備が完成するまで足尾銅山の採鉱を停止させ、滅びた谷中村を元どおりにしようとする運動に、残っている力のすべてを注いだ。
国会議員をやめてしまった正造には、もはや国会で訴える術はない。やむを得ず、正造は、老いて疲れた体を引きずっては、著名な政治家や、知り合いだった議員を一人一人訪ね、鉱毒問題を国会で採り上げてくれるように頼んで回った。昨日は西へ、今日は東へと走り回る正造には、たまたま自分の家の前を通っても、立ち寄っている暇さえなかった。
だが、正造がけんめいになればなるほど、政治家たちは彼を避けようとした。彼らは、自分の利益にならない面倒な問題には、関係を持ちたくなかったのである。
「立ち+V」タイプの複合動詞
立ち退く | 政府に立ち退きを命じられた。 |
立ち寄る | 警官が見回りの際、公園に立ち寄る。 |
立ち去る | その場を立ち去る。 |
立ち入る | 芝生に立ち入らないでください。 |
立ち直る | 失恋のショックから立ち直る。 |
立ち向かう | 病気に立ち向かう気持ちが大切だ。 |
立ち尽くす | 驚きのあまり、その場に立ち尽くした。 |
田中正造 20年の戦いは現代へ続く
それでもなお、正造は諦めなかった。そして、運動に熱中するあまり、前よりもいっそう身なりを構うゆとりがなくなって、あるときなど、初めて立ち寄った宿屋で、「じいさん、うちでは泊められないよ。」と、断られたことさえあったという。
こうして、二十年間も足尾銅山の鉱毒と戦い、疲れ果てた正造は、一九一三年(大正二年)の八月二日、立ち寄った栃木県吾妻村の農家で急に倒れた。そして、心配して集まってきた人々に、正造は、「わしの命を気づかう代わりに、みんなが心を一つにして、鉱毒をなくす運動を盛り上げてくれ。この荒れ果てた渡良瀬川の流域に、一本でも多く木を植えてくれ。」と遺言すると、およそ一か月後の九月四日、永遠に瞼を閉じたのである。
このとき、正造は七十一歳。その名前の通り正直で、一身の利益や名誉を顧みることなく、正義のため、人道のため、何者をも恐れず戦いぬいてついに倒れた、壮烈な生涯であった。
死後に残された正造の持ち物といっては、菅笠と小さな頭陀袋だけで、そのほかに何一つない。翌晩、身寄りの者が集まってその頭陀袋を開けてみると、入っていた物は、聖書一冊と日記が三冊、それに鼻紙が少しだけであった。
「〇烈」のいろいろ

廃墟となった足尾銅山精錬所(2025年夏)
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