日本を学ぶ(7)日本創成Ⅰ 神話から歴史へ

日本を学ぶ(橙)
このシリーズは、2017~2024年にかけて、中国の大学の日本語学科上級生向けに行った「日本国家概況」等の授業教案をまとめたものです。

日本を代表する神社はどこ?

 日本には神社がおよそ8万から9万社あると言われている。数ある神社の中で日本を代表する神社はどこかと問えば、多くの日本人は、おそらく第一に伊勢神社(三重県伊勢市)、第二に出雲大社(島根県出雲市)というだろう。その他の神社を挙げる日本人は少ないと思われ、また一位二位の順位が入れ替わることもない。不動の一位、二位の神社はどのような由来を持っているのか。以下、そのことを探っていこう。

出雲大社と伊勢神宮

出雲大社(左)と伊勢神宮(右)

古事記

 古事記は、飛鳥時代、天武天皇(在位673〜686年)の勅命によって編纂が開始された、日本最古の歴史書である。古事記は、稗田阿礼が「帝紀」「旧辞」などの書物を元に口述したものを、太安万侶が編纂したものとされている。この古事記の成り立ちについては、長く言い伝えの域を出なかったが、近年奈良県北部で太安万侶の墓が発見され、その実在が確認されたことから、古事記成立の経緯についての真実性がましている。

古事記(上・中・下)

古事記(上・中・下)

「古事記」は上、中、下の3巻に分かれている。上巻は神の代の物語、中巻は神と天皇の代の物語、下巻は天皇の代の物語となっている。上巻の冒頭は天地の創世から始まり、下巻は第三十三代推古天皇(在位593〜628年)の章で終わる。古事記の物語は、神々の活躍する神話の世界から、現実の天皇の事績までを記述しており、神々の世代から天皇の系譜へと連続的に繋がる壮大な歴史物語となっているのが第一の特徴と言えるだろう。
  同時期に、同じく天武天皇の勅令により編纂された歴史書に日本書紀があるが、こちらの方は正史、すなわち対外向けに書かれたもので、特に中国を意識して書かれている。そのため、日本的なものが削ぎ落とされて、いわば“格好をつけた“記述になっているのに対し、古事記は国内向けの書であり、当時の日本人の世界観が生き生きと表現されていると言われる。

本居宣長(1730-1801年)古事記を発掘!

 江戸時代の国学者本居宣長(1730〜1801年)は、江戸後期、他国文化の導入にかまけ、軽んじられ、埋もれていた日本の古典、特に古事記の素晴らしさを見抜き、実に34年の年月をかけて古事記を“解読”し、読みやすい日本語に“翻訳”して、「古事記伝」を著わした。彼は古事記こそ、日本人の心を表現した最上の書と評価している。
 二十世紀最大の歴史家と言われるアーノルド・トインビーは、かつて「国民が12歳ぐらいまでに民族の歴史を学ばない国家は、間違いなく滅んでいる」という名言を残した。そういう意味でも本居宣長の果たした業績は大きい。
 さて、日本には八百万の神と言われるように、多くの神様がいる。古事記には、冒頭から多くの神々が登場する。ここでは登場する神の数を極力減らし、まずは古事記第一巻に記されている日本創世の物語を大まかに解説する。

日本創成 天地の始まり

 混沌の中から天地(あめつち)が分かれ、徐々に世界が形成されていく。その後、天上世界である高天原に神様が現れる(神が先に生まれ、神によって天地が創造されたとする西洋の神話とは逆であることが特徴的といえる)。

イザナギ、イザナミの国産み

イザナギとイザナミ

イザナギとイザナミ

 天上世界には次々と神が生まれ、五柱(「柱」は神を数える数量詞)の別天神、に続く神代七代の最後にイザナギ(伊耶那岐)、イザナミ(伊耶那美)という男性神、女性神のカップルが登場する。イザナギ、イザナミの二柱は、他の神々に地上世界を創造することを指示される。二柱が最初に生み出したのが、おのごろ島(現在のどの島に相当するかは不明)。そこを拠点に次々と島を生み出してゆく。その順序は淡路島を皮切りに、四国、隠岐島、九州、壱岐、対馬、佐渡、本州の順、合わせて八つの島を生み出し、日本の国土を作りだす。八つの島を「大八島」という。国作りの順を見ると、古代の日本人が,日本の国土をどのように認識していたか想像できて興味深い。

アマテラス・スサノオの誕生

 イザナギ、イザナミは国以外にも他の神を生み出す。ところがイザナミは、火の神を出産した際、火傷を負いあっけなく死んで黄泉の国へ行ってしまう。このあたり、実に人間的である。イザナギはイザナミを求めて黄泉の国へ行くが、醜く腐敗した姿を見られたイザナミは怒り、逆にイザナギに襲いかかる。イザナギは逃げ、巨大な岩で黄泉の国の入り口、比良坂を塞いでくいとめる。岩を挟んで対峙する二人、イザナミは「そんなことをするなら、あなたの国の人々を一日千人殺しましょう!」、イザナギは答えて「ならば,和は一日に千五百の産屋を建てよう!」という。これが寿命の起源。つまり神が一歩人に近づいたということである。
 黄泉の国から戻ったイザナギは続いて多くの神を産み、最後に左の目をすすいだ時にアマテラス(天照)、鼻を洗った時にスサノオ(須佐之男)を生み出す。この二柱が次なる主人公である。

天の岩戸に閉じこもるアマテラス

天の岩戸に閉じこもるアマテラス

 弟のスサノオは乱暴者だった。あまりの乱暴にアマテラスは天の岩戸の洞窟の中に一人閉じこもって、岩の扉を閉ざしてしまう。アマテラスは太陽の神であったため、彼女がいなくなると世界は暗闇に包まれる。困った八百万の神々は力を合わせてアマテラスを外に出すことに成功する。この時に作られたのが鏡と玉、現在の皇室にも引き継がれている「三種の神器」の中の二つである。高天原は再び光ある世界を取り戻す。そして乱暴者のスサノオは天上世界を追放される。

スサノオの物語

 彼が降り立った場所が現在の島根県出雲地方。スサノオは天上世界では暴れん坊であったものの、地上の出雲では一躍ヒーローに変身する。通りがかったある村の老夫婦から、彼ら

ヤマタノオロチ(八岐大蛇)

ヤマタノオロチ(八岐大蛇)

が毎年八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の襲来に遭い、八人の娘のうち、すでに七人さらわれたと聞く。スサノオは一計を案じて八岐大蛇を退治し、村に平和をもたらす。八岐大蛇の尾から見つかったのが草薙の剣。これは高天原に献上されることで、今に繋がる皇室の三種の神器が天上世界に揃うことになる。スサノオはめでたく八番目の娘と結婚、妻のための宮殿を完成したときにスサノオが作った歌が、平安時代の勅撰和歌集である「古今和歌集」の序に紀貫之によって日本最初の和歌として紹介されている。
 八雲立つ 八重垣作る 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
(八重の雲がわき上がる出雲に、八重の垣根を作る、妻をこもらせるためだ。八重の垣根を作る、八重の垣根だ。)

オオクニヌシ

オオクニヌシ

 スサノオの六世孫にあたる子孫にオオクニヌシ(大国主)がいる。彼は因幡の白兎という故事で知られる心優しい神様で、その後幾多の試練を乗り越えて、国作りに励む。イザナギ、イザナミの対立以降、中断していた国生みを引き継いだ形で、最後に完成させるのが大国主だ。彼の統治する出雲の国は平和な発展をとげていく。

オオクニヌシの国産みと国譲り

 ところがある時、アマテラスをはじめとする天上の神々はオオクニヌシに、出雲の国を譲り渡すことを要求する。高天原から派遣されたタケミカヅチ(建御雷)は大国主にその判断を迫る。温厚はオオクニヌシは逆らうことはなかったが、最終的な判断をコトシロヌシ(事代主)、タケミナカタ(建御名方)の兄弟に任せる。コトシロヌシは国を譲ることを認めたが、タケミナカタは不満である。結果、高天原のタケミカヅチとタケミナカタは力比べをするが、タケミナカタはあっけなく敗北し出雲の国から追放される。
 かくして、オオクニヌシは、せっかく苦労して統一した国を、たいした争いもなくアマテラスに譲ることを決める。ただその代わり自分のために、出雲の国に大きな社を立ててもらうことを約束する。そして完成した神舎が出雲大社。古事記はこのように出雲大社の由来を語っているのだ。ただ古事記記載の出雲大社は、現在の出雲大社に比べて驚くほど巨大であり、国譲りの物語は、空想上の物語であり、出雲大社は神話を元に建てられた神社ではないかという考えもあった。
 しかし、近年になって古代の出雲大社の柱跡が発掘された。そこから推定されたかつての出雲大社は現在のものよりはるかに大きく、高さ48メートルの巨大な神殿をもつものであったことがわかった。古事記の記載通りの巨大建築物がかつてあったことがわかったのである。
 さらに1984年には出雲の荒神谷遺跡から三百五十八本もの銅剣が発見され、2世紀ごろの出雲に祭祀によって統治された出雲国の存在がほぼ確実視されるようになった。古事記に描かれた神話物語は、誇張された部分も多いとはいうものの、決してフィクションではなく、何らかの歴史的事実を反映しているとみてよいだろう。

荒神谷遺跡で発掘された剣

荒神谷遺跡で発掘された剣

NEXT

 

BACK
日本を学ぶ(6)富士山、桜の奇跡
「伊豆の踊子」は、川端康成が19歳の時、実際に伊豆旅行をした時の体験に基づく小説であると言われている。主人公である20歳の学生は自分の性質が“孤独根性”で歪んでいると反省を重ね、その憂鬱に耐えきれず伊豆の旅に出る。旅の中で出会った旅芸人の一団の中の踊子との接触を通じ、主人公の魂が浄化されていく過程を、美しい文体で描いている。

コメント

タイトルとURLをコピーしました