日本の真ん中、長野県から始めよう
長野県は日本の中心にある。日本の1都1道2府43県の中で海に面さない、いわゆる内陸県は8つしかないが、長野はその一つ。日本地図を見ると日本のほぼ中心にあり、面積も大きそうだ。実際は北海道、岩手県、福島県に次ぐ第4位の面積をもつ。
日本の屋根と言われる「日本アルプス」は長野県を中心に広がる山岳地方である。そのため長野県は平均海抜1132mと、日本一高地にある県である。ちなみに第二位は富士山をようする山梨県の995m。県の大部分が山岳地帯なので、古来交通の便は良いとは言えず、県庁所在地の長野市も大都市とはいえない。日本の歴史で表舞台にたったこともなく、地味なイメージは拭えない。
日本アルプスの山々で浄化された天然の水は飲んでも美味しいし、何より清浄な水は、ホコリを嫌う精密機械工業にとって都合が良い。長野県諏訪地方は、戦後復興期から高度成長時代にかけて、日本の精密機械工業の中心として栄えた。そのような意味で、長野はソニーやパナソニックといった、かつて世界に冠たる企業群を生み出した母なる地といえなくもない。
長野県諏訪地方
さてこの長野県の諏訪地方に行ってみよう。上諏訪駅には東京からなら特急あずさ号で2時間半、大阪からだと少し不便で、名古屋経由で4時間程度はかかる。上諏訪駅から約40分、山道を登っていく。山道を登っていると、側溝を流れる水の勢いが強く、水の豊富な長野県を感じ取ることができるだろう。立石公園という公園に着く。眼下に見事な景色が広がる。諏訪湖だ。
展望台に立つと、眼前の風景が遠い昔、一度見たことがあるような、不思議な感覚に襲われる。
2022年に公開された新海誠監督の名作「君の名は」では、この諏訪湖がモデルとなった架空の湖と、その湖畔の街糸守が舞台となっている。「君の名は」の”聖地”となっているこの場所に来て諏訪湖の全景を見ると、新海誠氏が、過去と未来をつなぐ不思議な物語の舞台を、ここ諏訪湖にしようと思い立った気持ちがわかるような気がする。そんな場所である。
ここ諏訪が多くの日本人の心を惹きつける理由はいくつかある。日本神話につながる諏訪大社という神社については、回を改めて話題にする予定だ。今回は、もっともっと古い話。日本列島そのものの歴史に関する話になる。
それは2000万年前に始まった
日本列島の誕生物語は2000万年前から始まる。2000万年といっても、わかりにくい。日本列島がほぼ現在の形に固まったのが、約1万年前であるから、そのさらに2000倍の昔である。あるいは、キリストが生まれて今までの時間の1万倍ぐらいといってもよい。いずれにしても想像するのが困難なぐらいの昔の話になる。この頃、日本列島は存在していなかった。今の日本列島に相当する部分がどこにあったかというと、現在のユーラシア大陸東岸部分にあった山脈がそれにあたるという。現在の南アメリカ大陸の西岸に連なるアンデス山脈のような存在であったと言われている。ユーラシア大陸東端の山脈が太平洋の方向に引きちぎられてできたのが現在の日本列島ということになる。
プレートテクトニクス
その動きが始まったのが2000万年前ということだ。そのような長い時間で地球を捉えると、大陸はどっしりと落ち着いた存在ではなく、マントルという海の中に浮かぶ板(プレート)のようなものらしい。地球の上には十数枚のプレートが浮かんでいて、時々ぶつかったり離れたりしている。地球規模でみれば、日本列島はまことに小さな島々だが、全地球を覆っている十数枚のプレートの内、4枚が日本列島の真下に集中している。それらを、太平洋プレート、フィリピン海プレート、北アメリカプレート、そしてユーラシアプレートと呼ぶ。太平洋プレートとフィリピン海プレートの二つが「海洋プレート」、北アメリカプレートとユーラシアプレートが「大陸プレート」である。(このようなプレートの動きからさまざまな地学現象を解明しようとする試みをプレートテクトニクスという。)
海洋プレートの沈み込み
プレートはそれぞれ方向性をもって移動しており、ここで注目したいのが海洋プレートである、太平洋プレートとフィリピン海プレート。この二つの海洋プレートは、ユーラシア大陸に向かって移動しており、行く手をはばむ大陸プレートの下側に潜り込むように動いている。するするとスムーズに潜り込んでくれればよいが、時々引っかかったり、ある程度ひずみが大きくなるとそれが解放されたりを繰り返す。これが日本を定期的に襲う大地震(おおじしん)の正体だ。下左の略図のような具合だ。
話を日本列島がユーラシア大陸東端にくっついていた2000万年前に戻す。その時代もプレートの動きは似たようなものだった。ユーラシア大陸の下に潜り込もうとする太平洋プレートの力は、大陸からその一部を引きはがす力を生んだ。2000万年前から300万年前にかけ、ちょうど弓を引く時のような力で、ユーラシア東端の山脈は引きはがされ、内海を生み出した。
中央構造線
実は、現在の日本列島のすべてがかつてのユーラシア大陸東端部分かというとそうではない。太平洋プレートが潜り込みながら引きはがしの力がかかっているのだから、沈み込むプレートの一部も削り取られ、引きはがされた山脈部に付着、堆積する。結果的に、日本列島はユーラシア大陸由来の内帯と海洋プレート由来の外帯という二つの地層がつながったものになった。この境界の断層を「中央構造線」という。
フォッサマグナ
日本列島生成のドラマは、ここで終わりではない。むしろ、ここからが本番だ。先ほど、弓を引くような力で日本列島が引きはがされたといったが、現在の日本列島の北半分に相当するは時計回りの力が、逆に南半分には反時計回りの力がかかったといった方が正しい。その結果、現在の美しい弓状の日本列島になるのだが、頭の中で想像してみるとわかるが、そういう二つの力がかかると、中心部分に大きな歪が生じる。結果、一度、元日本列島は中心部で分断されてしまったという説が有力である。これが300万年前。
その分断された部分に、その後の周囲の火山活動や地殻運動などにより堆積して連結されるのが100万年前。ここに到り、初めて現在の日本列島に近い形が完成するということなる。一度、ちぎれてしまったのではないかということは、この地域の地層がかなり新しいということから推定されたものだ。今は高地になっているが、日本列島をかつて二つに分断していたところを「フォッサマグナ」(ラテン語で深い溝という意味)という。フォッサマグナの西の断層は「糸魚川―静岡構造線」といい、比較的はっきりしているが、東の境は現在では少しあいまいになっている。ちなみに先にできた外帯と内帯を分ける線を「中央構造線」という。
この「中央構造線」と「フォッサマグナ」を発見したのは、戦後日本に「お雇い科学者」としてやってきたドイツ人の地質学者ナウマンである。世界の他の地域には、例がないと言われる日本独特の地形が、外国人によって見出されたというのもおもしろい。中央構造線とフォッサマグナが交わる地点がある。そこにあるのが長野県の諏訪湖というわけである。まさしく日本のヘソといってもよい。
以上のことを知っていても、知らなくても、ここ諏訪湖を見下ろす長野県諏訪市立石公園は、訪れる人になんらかのインスピレーションを与える、パワースポットである。東京、大阪、京都や奈良の観光に飽きたら、ぜひ訪れてみたい場所である。
この地形があればこそ、日本はプレートのずれによる大地震が、定期的に起こる地震大国なのであり、また天然の温泉にも恵まれた国になっている。さて、地形がおよぼす日本への特徴は「地震」「温泉」だけではない。日本といえば誰でもが唱える「富士山」「桜」、この二つも、もう一つの地球の奇跡が生み出したものであるという話をしたい。
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