中国5000日（15）人生最長の手紙は5000字、なんと中国語！

これまでの話もそうですが、こちらに書いていることはすべて事実とは異なる部分が多数あります。特に登場する人物に関しては特定の一人を指すことはありません。念のため。

2006年6月29日成田発MU524、上海行き
S総経理様　　　　　　　　「親展」
2006年7月2日上海浦東発MU731、KIX（関空）行き

2006年6月29日成田発MU524、上海行き

　2006年6月29日、中華東方航空MU524便は成田から上海へ向け一時間遅れで離陸した。

　上海事務所の所長をしてきたSが、当面総経理を兼任することになっていた。Sは北京生まれ、日本の一流商社に長く勤め、私の会社に中途で入った時にはすでに帰化し日本人になっていた。中国語ネイティブであるが、日本語ももちろん堪能である。私が研究部長時代、中途入社の彼に製品に関する説明をしたことがあり、以来よく知っていた。同い年である。

　日本でうまく仕事をしている中国人は、ほとんどそうだが、物腰柔らかで好感の持てる人柄で、気安く話をする仲になった。私が海外事業部へ行ってからは共に中国展開を担当する仲間となっていた。その彼に、一通の手紙を渡すのが上海行きの目的であった。東京での中国担当はすでに研究部門から転勤となった者に引き継いでいた。比較的余裕のあった3か月間の引継ぎ期間、私は手紙を書くことに集中した。他の日本人スタッフではなく、Ｓへの「親展」とするため、ほとんどまともに勉強していなかった中国語で書くことにした。近場の東京駅前にあった中国語学校へ毎日のように通い、少しずつネイティブに直してもらった。1日数行から始めた。書き終えるのに、上海へたつ、ぎりぎりまでかかり、最後の清書は南通のホテルでやった。その内容を、ＡＩ翻訳したものが以下である。日本語にすると、話があちこちに飛んでいて重複も多い、文章も小学生の作文のようだが、固有名詞だけを伏せてそのまま紹介する。

長文なので、最後の二段（黄色い部分）だけでも読んでいただければありがたいです。

S総経理様　　　　　　　　「親展」

　これは初めてあなたに中国語で書く手紙です。ご承知のように、私は現在京都に引っ越す準備をしています。今回、東京からまず上海に行き、南通に3日間滞在し、あなたとあなたの周りの人々に感謝の意を表した後、浦東空港から大阪に飛ぶ予定です。帰任時に、ちょっと遠回りをするということです。来週から京都の本社で仕事を始めることになりますが、残念ながら今後の仕事は中国とは全く関係がなくなります。
　私は当社に入社以来、一昨年末までの20年間、研究所で仕事をしてきました。今回、東京支社の海外事業部で1年半お世話になった後、再び古巣の研究に戻ることになりました。私の海外事業部における仕事には、確かにまずい部分もありました。周囲の人々は東京での1年半の経験は私のキャリアに大きな不利をもたらすと言っています。ある意味で、東京での生活は、私の仕事人生における、寄り道であったかもしれません。しかし、この寄り道のおかげで、私は、人として生きる上で、忘れそうになりかけていた重要なことを思い出すことができたと感じています。
　大切なこととは、過去会社の中でずっと順調に昇進の道を歩んできた私が、激しい競争の中で失いつつあった、人を思いやる心です。そのことを思い出させてくれたこの1年半のは、私の人生においてかけがえのないものだったと、まず申し上げておきます。

小学校の通学路

興味深い話を聞いたことがあります。うつ病の良い治療法のひとつに、小学校時代の通学路思い出させるというものがあるそうです。記憶だけを頼りに、小学校への通学路の地図を描かせ、その道で見たものを描かせるのだそうです。日本人なら、ほとんどの人がその道を詳細に描くことができるらしいのです。なぜそんなに遠い昔のことを思い出せるのでしょう。それは、子供の頃、家から学校へ行く道中は、楽しいことにあふれていたからです。親たちは「寄り道せずにまっすぐ帰ってきなさい」と言いますが、私たちは親の言うことは聞かず、よく道草をくって遊びました。鬼ごっこやかくれんぼをしたり、女の子なら、野花を摘んで首輪を作ったりしていたのです。
　例えば、私が今現在の東京支社への通勤経路と、30年以上前に通った小学校への道を両方描いたとしても、小学校への道の方がより詳細に描けるでしょう。なぜなら、私も遊びながらその道を歩いていたので、いろいろな景色や友達との会話、季節の風の匂いに至るまで、昨日のことのように蘇ってくるからです。

東京、上海、南通という寄り道

　人生の終点は見えません。人生の最終駅に到達するまでの間、私たちは多くの駅を通過します。私にとって、東京での生活は人生のひとつ通過駅に過ぎません。しかし人生の本体はそのような駅の連続であり、どの駅も重要なのです。上海、南通、そして東京で出会った人々のことを忘れることはないでしょう。
　東京に来て、中国現地法人の立ち上げに関する仕事を始めたとき、私は中国や中国人に対してあまりよい印象を持ちませんでした。それは、中国人の仕事に対する考え方が理解できなかったからだと思います。彼らは規則を守らないように見え、特に商取引では人間関係が優先されてしまうことが私には納得できませんでした。
　「上に政策あり、下に対策あり」と中国では言いますが、これは極端に言えば、都合の悪い規則があったらそれをなんとかすり抜ける方法を考えよ、という意味に他なりません。中国人のビジネスに対する態度は、研究上がりの私には理解できるものではありませんでした。私もさまざまの中国人と仕事を通じて“濃厚”な付き合いをしながら、1年以上の時間を費やしようやく最近では、中国人が寄って立つ前提のようなものを、理解し始めています。仕事をする人間としては、さあこれからという段になって、去っていくのはいささか残念でもあります。　

　寄り道こそが人生の核心部分

　京都に戻ることが決まった後、さまざまなことを考えました。人間関係に揉まれながら右往左往していた私でしたが、仕事とは目標に向かってロジックだけで最短距離を進むだけでなく、周囲の人々の意図や、極端には相手の生活背景にも関心を持ちつつ、慎重に進めていくことが重要だと感じました。
　そして、人生は絶え間ない寄り道であり、その寄り道こそが人生の核心部分であるということもわかりました。私はもう一度寄り道をすることに決めました。京都に戻る前に、まず上海に3日間滞在することに決めました。この1年半の間にお世話になった中国の友人に会い、また過去さまざまな機会にお世話になった先輩であり、友人でもある亡きYに、別れを告げるためです。
　2004年12月に初めて上海に来たとき、次に来るときは中国語で会話しましょうと、あなたと約束をしました。あっという間に1年半が過ぎました。この1年半の間、中国の会社と東京の国際部には多くのことがありました。そのため、中国語の勉強は二の次になり、あの時の約束は果たせそうにありません。

手紙を書きながら思ったこと

　正直なところ、中国語教室に通ってはいましたが、つい最近までは中国語を勉強するのはやや苦痛でした。仕事が忙しいこともありましたが、あまり興味が沸かなかったからです。ただ3か月前、この手紙を書くために中国語の学習を再開し、さまざまな中国人、そのほとんどは東京で苦学する留学生でしたが、と接するにつれ、私の中国と中国人に対する考え方は変わっていきました。ある中国の留学生がこう言いました。「東京にいる中国人は、中国語教室以外に安心できる場所はないのです。日本人の中で生活していると、もちろん中国人に対して何の偏見ももたずに接してくれる大多数の日本人がいます。しかし中にはやはり差別の目で見、悪意をもって扱われることもあります。しかし、中国語教室に来る日本人はすべて中国や中国人がある程度、好きな日本人ばかりです。
　確かに東京に住む中国人にとって、中国語学校というのは、安心できる唯一の場所なのかもしれないと始めて思いいたりました。そして、彼女も以前は日本と日本人が好きではありませんでしたが、日本に留学して多くの日本人と接するうち、日本人が好きになったということです。その言葉に私は感動しました。以来、懸命に中国語を学び、中国人の考えを理解しようと努力し、この手紙を書き終えました。こんなものと思われるかもしれませんが私にとっては大仕事でした。

最後まで

　4月に東京生活があと3か月で終わることが分かった後、どうすればこの3か月をより有意義に過ごせるか考えました。そして、東京生活の最後の日まで中国語で何かを表現することに決めました。これは、小学校時代の夏休みを思い出させます。あの頃、私たちは夏休みの始まりを心待ちにしていました。日本の夏休みは7月20日から8月31日までです。夏休みの始めはとても楽しくて、心配事もありませんでした。しかし、8月10日頃から宿題や9月1日以降のことを心配し始めます。これは誰もが感じることで、最初の休暇と終わりに近づく休暇は違うと感じます。夏休み、旅行、人生…。それらには前半部分と後半部分があります。人は前半部分が上り坂で、後半部分が下り坂と感じます。
人生の前半部分では、多くのことをやらなければなりません。例えば、学校に通う、結婚する、子供を育てるなどです。しかし、人生の後半部分には目標が少なくなります。一度安定すると、とてもリラックスして時間が早く感じられます。人生を自転車に例えるなら、前半部分は上り坂で多くの努力が必要で、後半部分は下り坂であまり努力が必要ありません。下り坂のような生活を送っていたら、人生の最後の日に早く過ぎ去った後半部分をどう感じるでしょうか。私の東京生活は終わろうとしていましたが、最後の日、つまり今日、クライマックスを迎えるべく目標を定めました。人生は最後の日まで、重荷を背負って坂道を登るべし、と誰かがいいました。上り続けることに意義があります。そしてこの文章を書き始めたときには、その結末がぼんやりしていましたが、書き進むうちにあなたに何を書けばよいか、何をお願いすればよいか、わかってきました。ですからどうぞ最後まで読み進んでください。

まさか

　東京に来たばかりの頃、中国貿易講座に参加しました。この講座の講師の言葉です。「人生には上り坂と下り坂がある。しかし、中国に関する仕事を始めるともう一つの坂がある。それが滑り坂（まさか）！」中国には「人生には風と雨がある」という古い言葉があるようです。中国との商売は、不測の事態が続くものです。私が中国の仕事を担当した1年半は、中国支社の創業期でもあり、確かに業務は混乱していました。しかし、制度の整備中であり、非効率な仕事でもまずやってみなければならないことが多かった。塞がれていない浴槽に水を入れるようなもので、成果を感じられず他の人の承認も得られませんでした。それでも水を入れ続ける必要があったのです。もしかしたら、私の指示は、中国にいる皆さんにとって満足のいく仕事ではなかったかもしれません。が、でも、私はあの時の非効率が、将来の発展にとって非常に重要な布石になったと固く信じています。この基礎を大切にして、今後、中国支社と日本本社が独自の自主的な考えを持って高め合っていくことを望みます。近い将来、会社が繁栄することを心から願っています。Ｔ副総経理が言った言葉、「事物は真理によって決まるのであって、地位の上の人によって決まるのではない」という言葉を決して忘れません。
ですから、私は日本人同士でも、日本人と中国人でも、相互に対立することなく、建設的な協力関係を築いてほしいと思います。

そろそろ本題へ

　私が中国の仕事を担当している間、最も悲しかったことは、Ｙ元総経理の死です。あなたは知らないかもしれませんが、Yも私と同じく京都の研究所で働いていました。私は彼と10年以上一緒に働きました。彼は私より１年先に当社で働き始めましたが、私たちは同い年です。彼は多くのことを私に教えてくれました。彼は私の良い友人であり、また師でもありました。
　2005年1月28日に彼の訃報を聞いたとき、私は京都の家にいました。翌日、娘と滋賀県にスキーに行く予定がありました。Ｙ元総経理の実家が名古屋にあると知って、私は彼の実家を訪ねました。そこに着くと、彼には私と同じく息子と娘がいることがわかりました。Ｙの家族と一緒に過ごしたその日は、私にとってこれまでの生涯で、最も辛い日でした。翌日、Ｙ元総経理の家族と私たちの会社の幹部は、名古屋空港から上海へ飛びました。Ｙ元総経理の奥様、息子、娘は彼の遺体を日本に戻し、私たちの会社は彼のために盛大な葬儀を行いました。
　Ｙ元経理の奥様は現在、名古屋工場で働いておられます。表面的には、Ｙの家族は、私たちの会社に感謝しているように見えます。が、彼女が他の人に「もう二度と中国には行かない」と言ったと聞きました。これを聞いた後、私は彼らのことをいつも気にかけています。表面的には平静を装っていますが、彼らが心の中で私たちの会社や中国に対して恨みを抱いていると感じます。まだ彼らの心の中の結び目を解くことができていないと感じます。
　私が京都に戻ることが決まってから、再びＹ元総経理の子供たちのことを考えました。今、子供たちは私たちの会社や中国を嫌っているでしょう、憎んでいるかもしれません。しかし、いつの日か、彼らが社会に出て困難に直面したとき、彼らは父親が最後の日までどのように働いていたかを知りたくなるのではないでしょうか。そして、再び南通に来ようという気になり、父親が最後に働いていた場所を訪れてみたいと思うのではないでしょうか。

6月30日は工場の皆さんと周庄へ行きました。

依頼事項

　この1年半、私たちは一緒に多くのことを行ってきました。明日は7月2日で、私はもう海外事業部の人間ではありません。ですから、個人的なお願いとして、小Ｙさんの家族が再び南通に来られたときのために、南通工場内に彼の記念碑を建てていただくことはできないでしょうか。もちろんそんなに大げさなものである必要はありません。大きめの石を一つ、工場の片隅に置いておくぐらいでいいと思います。正式な手続きをやってしまえば、非常に難しいことは理解しています。Ｙの事故は勤務時間外に起きたことで、彼の死は、彼の過失に属すると言えなくもないからです。ですから、あなたに個人的にお願いするため、今回私は南通に来ました。記念の石を置くことは、日本本社には知らせないでください。もしそれが難しいのであれば、記念の木でも構いません。目立たない場所でも構いません。工場がある限り、その木が存在する場所なら良いのです。
私は多くは稼いでおらず、大金も持っていませんが、今日持ってきた少額のお金でも、私の気持ちを受け取ってください。このお金を使ってYのために、何かをしてください。いつの日か、Ｙの子供たちが南通を訪れるとき、私たちの会社がより大きく発展しているのを見てほしいのです。
　会社にとって規模を拡大し、利益を上げることは非常に重要な部分です。しかし、この過程で、個々が仕事を通じて有意義な生活を送ることも必要です。私は、中国の会社が成長する中で、各社員が楽しく働き、自身の人生の価値を実現できることを望んでいます。
　最後に、あなたの健康と事業の成功をお祈り申し上げます。

2006年7月1日 Sheng

2006年7月2日上海浦東発MU731、KIX（関空）行き

　中国へ来るのは最後だと考えていた。記念に上海のリニアモーターカーに乗ってみたかったので、リニアの駅まで会社の車で送ってもらった。別れ際Ｓ総経理に手紙を手渡した。予定通りに事が進み私の東京生活、中国関連の仕事人生にピリオドを打つことができた。

上海浦東発ＭＵ７３１、ＫＩＸ行

　さて、毎日通った東京駅近くの中国語学校では、15人ぐらいの先生にお世話になった。文章の添削ばかりたのむ変な受講者だと思われていたろうか。しかし最後の方になり、細切れのピースを繋ぎ合わせると、私がどのような意図の文章を書こうとしているかさすがにわかっできたようで、応援してくれた。完成したとき、皆で買ったと記念のキーリングをもらった。箱にはangel heartと書かれていた。上海からの帰路、飛行機に乗り込んで、ああこれですべて終わったなあと、そのキーリングをしばらく眺めていた。