荒海や佐渡に横たふ天の川(松尾芭蕉)

荒海や佐渡に横たふ天の川

「奥の細道」の中でも有名な俳句、「荒波や佐渡に横たふ天の川」について、日本語教師の視点から考察してみました。

「荒海や 佐渡に横たふ 天の川」(現代語訳〔超訳〕)

(越後の国、出雲埼にて)海の音がして、外を見てみた。いつもは静かな日本海も、多少、荒れているようだ。遠くに佐渡島が見える。ふと空を仰ぎ見ると、天球には天の川が横たわり、その雄大さはすべてを呑み込むかのようである。

この句の背景

 松尾芭蕉が奥の細道の旅中、元禄2年(1689年)7月4日、越後の出雲崎で詠んだとされる俳句です。「奥の細道」の主な道程は、3月27日東京を立ち、8月21日に大垣で終わっていますから、旅も終盤のもの、と言えます。

想像で詠んだ句?

立ち上がる天の川?

立ち上がる天の川?

 実際には、この句は、7月7日に直江津で開かれた句会ではじめて紹介されたそうです。そして、7月4日(新暦8月21日)芭蕉はおそらく朝、新潟を立ち、夕方以降に出雲崎に到着。その時すでに出雲埼では天気が崩れ、雨が降っていたという記録があるそうです。

 しかも、「天の川」はどちらかというと南方向に向けてはっきりと見え、出雲崎から佐渡島、つまり北西方向を見れば「島から立ち上がっように見え」、「佐渡に横たふ」ようには見えないはずだという人もいます。

 これについてはいろいろな考え方があります。が、私は次のように考えます。

「天の川」は「佐渡島」に横たわるほど小さな存在ではない

横たわる人 まず、「ベッド」に横たわるように「天の川」が「佐渡島」に横たわっているという情景は、現実にもあり得ないですし、芭蕉がそのような意図でこの句を作ったとは思えません。

 なるほど出雲埼では、雨だったかもしれませんが芭蕉は6月後半に今の山形県酒田に着き、以来ずっと日本海の海岸沿いを旅してきました。佐渡と天の川の情景は何度も目にしていたはずです。

 現実の「天の川」を見ると、見上げる天球のすべてを覆い尽くす、巨大な「川」に圧倒されるはずです。私は数十年前、一度だけ紀伊山地のある山の山頂で満天の星と天の川を見たことがあります。夏、山頂の草原に寝転がってみた星空は「星降る夜」という言い方が決して大げさでなく、天空を横切る「天の川」は川というより巨大な雲そのものでした。現代人で、そのような迫力ある「天の川」を見た人は少ないかもしれませんが、プラネタリムで写された天の川を思い浮かべれば、少しは理解できるかもしれません。

プラネタリウム

プラネタリウム

「天の川」というのは、ある方向の一つの画角に収めてしまえるものではなく、空全体に横たわるように、存在していると認識されるのが普通

 人によって理解はそれぞれでよいと思いますが、私は芭蕉は「佐渡」「荒海」と「天の川」を一つのフレーム内におさまった絵のようにとらえていたのではなく、頭の中では別々の構図でとらえていたのではないかと思います。

荒海や 佐渡 横たう 天の川

流刑の地、佐渡島

 芭蕉は、旅のあと時間をかけて奥の細道の編集をしましたが、最終的に「荒海や…」の句は「銀河の序」という文をつけて紹介されました。引用します。

「越後の国出雲崎という所に泊る。かの佐渡島は、大罪朝敵のたぐい、遠流せらるるによりて、ただおそろしき名の聞こえあるも、本意なき事におもひて、窓押し開きて、暫時の旅愁をいたわらんとするほど、日既に海に沈んで、月ほの暗く、銀河半天にかかりて、星きらきらと冴えたるに、沖のかたより波の音しばしばはこびて、魂けずるかのごとく、腸ちぎれてそぞろにかなしびきたれば、草の枕も定まらず、墨の袂なにゆえとはかなくて、しぼるばかりになん侍る。 あら海や 佐渡に横とう あまの川」 

〔現代語訳〕新潟県出雲崎に泊まった。佐渡島は、罪を犯した者や朝敵が流される場所として恐れられているが、本当はそんなこわいものでもなかろうと、窓を開けて一時旅愁を慰めようとしたところ、すでに日は海に沈んでいて、月がほの暗く光り、天の川が半ば空にかかり、星がきらきらと冴え渡っていた。沖からは波の音が頻繁に聞こえてきて、魂が削られるような気分になり、腸がちぎれるほどの悲しみが襲ってきた。草の枕も定まらず、涙で墨の袂を濡らしてしまうのだった。

「佐渡」、「荒海」、「天の川」の関係は?

 上の「銀河の序」でわかるのは、芭蕉は佐渡を罪人が流されるしまとして強く認識していたということです。佐渡は 順徳上皇(1221年)、日蓮(1271年)、日野資朝(1332年)、世阿弥(1434年)など、多くの人々が”政治犯”として流された場所です。

 ここで芭蕉のこの句の作成意図が、矛盾・煩悩に満ちた人間の世界である佐渡、それと天空のピュアな世界「天の川」との対比ではなかったかということに思い至るはずです。

「天の川」「人の世界」「荒海」の対比

「天の川」「人の世界」「荒海」の対比

 では荒海は何かと考えると、①「人間世界の中でもとりわけ不遇を経験し、天(天の川)に救いを求めるしかない佐渡の人々と、こちら側の通常人間世界の境界(もうこちら側に戻ることができない荒い海)」、あるいは②「天の川」と等しく、巨大な大自然の象徴であり、人間世界である「佐渡」を包み込んでいる存在、という二つの解釈が考えられるのではないでしょうか。

「天の川」は救い、「荒海」は人を閉じ込める「障害」「天の川」と「荒海」が醜い人間世界を包み込む
天の川だけが救い天の川と荒海でサンドイッチ

音象徴から考える「荒海や佐渡に横たふ天の川」

 ひとつの考察例を示します。実はこの句、母音に着目すると、著しい特徴が見えてきます。

ARAUMIYA  SADONIYOKOTOO  AMANOGAWA
 「横たふ」を原音に近く「YOKOTOO」と読んだ場合、最初の6音中、4音が「A」、中間の6音中、5音が「O」、そして最後の5音中、4音が再び「A」ということになります。
ARAUMIYA SADONIYOKOTOO AMANOGAWA

ARAUMIYA SADONIYOKOTOO AMANOGAWA

「A」は明るい音、「O」は少しこもった重く、暗い音。

「あいうえお」の音象徴

 「あいうえお」の音のイメージです。以下を参照ください。

  • ー、わかった!」:感情爆発、明るい気分。
  • いね!」:誉め言葉なので遠慮なく突き出す感じ。
  • ー!、苦しい!」:自分の身体が大変。(肉体的に苦しい)
  • ー!なんだって?」:はっきり相手に聞こえるように!
  • ー、大変。」:気持ち的に大変。(重々しい)

 音象徴から判断すると、現実の、どろどろ(DORODORO)した世界に対し「天の川」や「荒海」で表現される大きな自然が、サンドイッチして、ある種の「救い」を与えている。そんな解釈も成り立つかもしれませんね。

 いずれにしても、俳句の解釈は自由。五七五の十七音からだけ解釈しても、歴史的背景などを勉強して違う解釈を考え出すのも自由。そういう余地をたくさん残しており、それぞれの解釈が、それぞれに味わい深いというのが素晴らしい俳句といえるのかもしれません。

以上です。

 

 

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