パンとカン
下の図、左がパンで右にあるのがジュースの缶(カン)ですね。
なぜかといっても特に理由はありませんね。日本語ではそう呼ぶというだけのことです。仮に左の食べ物を「カン」といい、右を「パン」と決めていればそれはそれでよかったわけです。
難しい言い方で言語の「恣意性」といいます。言葉で示されるモノと言葉の音とは関係ないということです。
ところが風船が割れる音は「パン!」、お鍋をたたけば「カン!」。こちらは入れ替えが難しそうですね。こういう言葉をオノマトペといいますが、これらの言葉と実際の音には関係がありそうです。
p、k、t、sの音象徴
つまり「パン!」の「p」の音が「張りのあるもの」やそれが「破裂」することを表し、「カン!」の「k」の音が「硬い表面」や「硬い表面が空洞に響いたり、動いたり」することを表しているということです。
同じように「トン!(t)」なら「p」と少し違って「張りのない表面」や「その表面を叩く、くっつく」というイメージ(音象徴)、「スー」や「サー」(s)なら「すべる、摩擦、流動すること」がイメージされますね。
まとめると以下のようになります。
p | 張りのある表面や膨張した物(それが破裂する音) |
k | 硬い表面(と叩く音)、空洞(を通る音)、上下内外方向への動き |
t | 張りのない表面(を叩く音)、打撃、接着 |
s | すべること、すべる音、流動、流動体、なめらかな表面、摩擦の大きい表面 |
濁音化の効果、「重さ」「強さ」
例に挙げた4つを濁音化してみましょう。つまり「プチッ→ブチッ!」「コンコン→ゴンゴン」、「トントン→ドンドン」、「サササ→ザザザ」にすると「重さ」「強さ(強い力)」が加わったように感じますね。
濁音だらけの「ゴジラ」や「ガンダム」は重厚感があって強そうですが、クレヨンしんちゃんに登場する「カンタム」はかわいい感じです。
「スクスク」と「クスクス」?
以上のことはわりと理解しやすいですが、オノマトペはそう単純ではありません。極端な例として「スクスク」と「クスクス」を考えましょう。
音は「SUKU」と「KUSU」で前と後ろが入れ替わっただけ。しかし、「スクスク(順調に)成長する」「クスクス(小さく遠慮がちに)笑う」というように意味が全く異なります。
第一子音と第二子音の意味の違い
実は上のような一見既存の音象徴で説明できないようなオノマトペも、そこに何らかの法則が潜んでいるのではないかと研究が進んでいます。
結論から言いますと「①SU+②KU」や「①KU+②SU」と順番が異なると意味が異なる、さらに言うと①番目の子音は「触感」を表し、②番目の子音は「動き」を表すということです。
「ガシャーン」「バキューン」「ズキューン」
上の仮説、つまりオノマトペの第一子音が「触感」を表し、第二子音が「動き」を表すということが直感的に理解できる例を見ましょう。
たとえばお皿を落として割れてしまった時の「ガシャン→ガシャーン!」という音は、まず硬いもの同士が触れ合う「g(重いk)」の「ガ」が第一音、続いてガラスの破片が床をすべって散乱していく「s」の「シャ」が第二音になっています。
ピストルを撃った時の「バキューン」。これもある瞬間に張りつめていた表面(のようなもの)「b(重いp)」があってこれが解き放たれる瞬間が「バ」、いったん発射された弾丸が空間を飛んでいく様子が「k」音「キューン」で「空洞を移動する様子」を示します。
この「b」音が「z」に変わり「ズキュ→ズキュン→ズッキューン」となると、最初のインパクトが「心に何かを(摩擦をともなって)ねじ込まれる感覚」に変化し、「誰かに心を奪われる様子」を表す現代的表現になります。
p、k、t、sの音象徴(第一子音と第二子音)
以上の観点でp、k、t、sの音象徴を第一子音と第二子音に分けてまとめ直すと以下のようになります。
第一子音(触感) | 第二子音(動き) | |
p | 張りのある表面 | 張りのある表面や膨張した物が破裂 |
k | 硬い表面 | 空洞(を通る物)、上下内外方向への動き |
t | 張りのない表面 | 打撃、接着 |
s | なめらかな表面、摩擦の大きい表面、流動体 | 摩擦、こすりながら動く |
同じ子音でも第一子音と第二子音で表すものが異なることから、一見よく似た音で構成されるオノマトペも全体として全く異なる意味を表すことがあります。
以下、「スクスク」と「クスクス」、「トクトク」と「コツコツ」を例にとって検証してみましょう。
「スクスク」と「クスクス」
赤ちゃんはスクスクと育った
スクスクは「順調に勢いよく成長する様子」を表しますが、第一子音は「s」でなめらかに滑るように順調な様子、第二子音は「k」で空間(空洞)をさえぎるものなく上に伸びる様子を表します。
彼女はクスクスと笑った
クスクスは「少し抑え気味に笑う様子」ですが、第一子音が「k」第二子音が「s」となり、「硬い表面のものが擦れ合うこと」の意味になります。このイメージが比喩として拡張され「擦れるように抑えられた笑い」を意味するようになったと考えられます。
「トクトク」と「コツコツ」
お酒をトクトクと注いだ
トクトクは「液体が流れだす様子」で特に口の狭い徳利(とっくり)のお酒をおちょこに注ぐときの様子を表す時に使いますが、第一子音の「t」は「p」と違って「弛緩した表面」つまり「液体」を表現し、「k」が外の空間に出ていく運動を表しています。
キツツキが木をコツコツつつく
コツコツは「硬いものが触れ合う様子あるいはその音」を表しますが、「k」が硬い物、「t」が打撃動作を意味します。またその動作から派生して比喩的に「コツコツ勉強する」のように「地道に頑張る様子」も表します。
オノマトペはまだまだ研究が進行中の分野です。いつかオノマトペのすべてを説明できる「文法」のようなルールがわかるといいですね。
(以上、岩波科学ライブラリー「オノマトペの謎」窪薗晴夫編、なかでも1.「スクスク」と「クスクス」はどうして意味が違うの?(浜野祥子)の内容を全面的に参考にさせていただきました。)
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